この記事は、気候、エネルギー、政策、芸術、文化の分野を扱う記事配信ニュースワイヤであるNexus Mediaと共同で発表したものです。


健康なサンゴ礁からは、チッ、パリパリッ、ポンッと音がする。

「パリパリ、パチパチという、この絶え間のない静電気のような音を立てているのは、数え切れないほどの無脊椎動物です。小エビがハサミをパチンと閉めたり、ウニが岩の表面をこすったり……」と英国エクセター大学の海洋生物学者であるティム・ゴードンは言う。「そうした音に合いの手を入れるように、さまざまな魚のブーブー、ヒューヒュー、カチャカチャという音が聞こえるのです」

これに対して、死にかけているサンゴ礁はまったく音を立てない。

海洋における熱波によって完全に破壊されたサンゴ礁を回復させたいと願うなら、これは重大な問題だ。そのためゴードンは、死にかけているサンゴ礁の回復に役立つという期待をかけて、奇抜な実験を考えた。水中拡声器を使って元気なサンゴ礁が実際に出す音を流し、魚をだまして呼び戻そうというのだ。音を流すことで、死にかけたサンゴ礁に稚魚を引きつけられるかもしれない。そして稚魚がサンゴ礁に住みつき、回復させ始めるだろう、というのが彼の考えだ。

Dead coral rubble on the recently-damaged Great Barrier Reef.

「いったん住みかを決めると、稚魚はそこにとどまる傾向があります。つまり、ある場所に住みつく気にさせることができ、そこでの生存が可能ならば、稚魚はとどまる可能性が高いのです。これはサンゴ礁を回復させるのには好都合です」とゴードンは言う。

研究者たちが、健康なサンゴ礁の音を流す拡声器を、オーストラリアのグレートバリアリーフ沿いのサンゴが死んだ場所に設置したところ、拡声器のない場所や拡声器が音を出さない場所に比べて2倍の数の魚が集まることがわかった。彼らの研究成果はNature Communications誌に掲載された。

 

多くの海洋生物が外海で生を受け、サンゴ礁の音に耳を澄まして、それを頼りに住みつく場所に向かうということに気づいたゴードンのグループは、サンゴ礁の音を何年も研究してきた。

「森にすむ鳥と同じように、サンゴ礁に住む生物にも明け方の歌と夕暮れの歌があり、昼と夜では出す音が違います。サンゴ礁には、潮の満ち干のように変動する、日々のリズムがあるのです。」とゴードンは言う。

しかし、気候変動のために強大な台風海洋熱波がさらにひどくなり、その結果、サンゴ礁が死ぬと、日々奏でられるこのシンフォニーは消える。すべてが静まりかえる。

「音が聞こえないのはとても悲しいだけでなく、心配なことです。こうした音がないと、魚が音を頼りに住みかにたどり着くことができなくなる、という重大な危険があるのです」 この点を確認した自分たちの以前の研究を引用しながら、ゴードンはそう語る。

Blue-green damselfish.

これが重大なのは、サンゴ礁にすむ魚はどれも、生き生きとした生息環境を保つ上で大切な役割を果たしているからだ。捕食動物は、プランクトンを食べる魚が増えすぎないようにしている。波がプランクトンをサンゴ礁に押し流すと魚がプランクトンをむさぼり食い、その魚をもっと大きな魚が食べる。草食性の生物は劣化したサンゴ類の破片の上に成長するたくさんの藻を食べ、藻がサンゴ礁を覆い尽くさないようにしている。サンゴが育つために必要な、むき出しの部分が保たれるようにしているのだ。

「健康なサンゴ礁にとって、生態系を構成するさまざまな生物はすべて重要なのです。そして興味深いことに、食物連鎖のどの段階に属する魚も音に引きつけられる可能性があることが、私たちの研究で明らかになりました」とゴードンは述べる。

実験を行うために、英国のブリストル大学、オーストラリアのジェームスクック大学、オーストラリア海洋科学研究所の研究者からなる国際的な科学者チームは、5年前にグレートバリアリーフのいくつかの区域で録音した音を使った。当時、それらの区域はまだ「生命にあふれる、色鮮やかでにぎやかな海中都市」だったと、ゴードンは言う。チームは2000ポンド(約900キログラム)を超える量のサンゴ類の破片を集めて36の実験区を作り、健康なサンゴ礁のような音が聞こえるように水中拡声器を設置した。

Batfish on a coral reef.

「防水加工した樽(たる)に、拡声器を動かす電池とMP3プレーヤーを入れてサンゴの実験区の上に浮かべ、拡声器をサンゴに直接縛りつけました」とゴードンは説明する。比較のために、音のしない拡声器を設置した区域や、拡声器のない区域も別に設けた。そして各区域を観察し、どんな魚がやってきて住みつくかを調べた。

「6週間にわたって、私ともう一人のメンバーがスキューバ機材を着けて定期的にそれぞれのサンゴ礁の場所に行き、そのサンゴ礁に住みつきつつあるとわかる魚を記録しました。群れの形成を邪魔したくなかったので、彼らに近づきすぎないようにしました」とゴードンは言う。「そして実験の最後に、すべての破片を一つひとつ、とても慎重に調べて、その生息環境にいるすべての魚について徹底して調査を行いました。破片に隠れていて、通常は決して見ることのないような生物まで調べました」

調査の開始時には、実験区のサンゴは生き物のいない岩の山だった。しかし、「終わるころには、多くのサンゴにさまざまな種類の魚で構成される生き生きとした生物群集が見られました」とゴードンは言う。「実験を通してこうした生物群集が成長し発達していくのを見て、本当に勇気づけられました」

Tim Gordon deploys an underwater loudspeaker..

カナダのブリティッシュコロンビア大学に、生態学・海洋生物学を専門とするラビ・マハラジという研究者がいる。彼は上記の研究に関わっていないが、この研究は「サンゴ礁を回復させる取り組みを強化するために、手軽に取り入れられる新しい手法」だと言っている。二酸化炭素による汚染で海の 酸性化が進む中で、魚が泳ぐときに匂いに頼るのは難しくなってきているが、この研究成果は魚に進むべき方向を知らせるのに役立つかもしれないとも述べている。

だがマハラジは、食物連鎖のあらゆる位置にいる海洋生物を引きつけることができなければ、音による合図は目的を達成できない可能性があるとも警告する。例えば、軟体類を食べる稚魚は、十分な獲物を見つけられなければその場所にとどまらないだろう。

ゴードンの見方は、音で生物を引き寄せる方法は期待できる手段の一つにすぎない、というものだ。ほかの手段、例えば水質汚染や乱獲の抑制、さらには積極的な海洋環境の回復などと組み合わせる必要があると言う。それより増して重要なのは、人間が気候変動を抑えることだと彼は指摘する。

「サンゴ礁の回復に取り組むと同時に、二酸化炭素の排出について劇的な行動を起こして地球温暖化を抑制し、被害の拡大を防ぐこと。そうしなければ、どんな取り組みも成功しません」

本記事は、最初はPopular Science誌に掲載されたものです。

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A degraded coral reef. (Pexels/) Dead coral rubble on the recently-damaged Great Barrier Reef. (Tim Gordon/University of Exeter/) Blue-green damselfish. (Isla Keesje Davidson/University of Bristol/) Batfish on a coral reef. (Isla Keesje Davidson/University of Bristol/) Tim Gordon deploys an underwater loudspeaker.. (Harry Harding/University of Bristol/)

 

この記事は、Popular Scienceよりマーリーン・サイモンズ/Nexus Mediaが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。