カードを使ってカフェラテを買ったのは直近でいつだったか、覚えているだろうか。あるいは、現金しか使えないレストランでの支払いのために、カードで5000円を引き出したのはいつだろうか。筆者と同じく目が見える人であれば、きっとそんなことは覚えていないだろう。日々の生活の中で特に意識せずにカードを使っているからだ。だから、ふと立ち止まって考えるまでもない。だが視覚障害のある人にとっては、事はそうスムーズには運ばない。

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視覚障害のある人にも区別しやすいカードデザインを発表

世界には中度から重度の視覚障害をもつ人々がおよそ10億人いる。そのうち4900万人は全盲である。こうした人々にとっては、どのカードを使うか、どう使うかを判断するのがなかなか難しい。そこでマスターカードは2021年10月25日、視覚障害がある場合も区別しやすいカードのデザインを新たに発表した。ごく単純なデザイン上の工夫を一つ加えただけだが、そのおかげで、目の見えない人々も素早くクレジットカードやデビットカード、プリペイドカードを判別できる。その名も「タッチカード(Touch Cards)」。カードの短辺の一部がカットされ、クレジットカードは丸、デビットカードは四角、プリペイドカードは三角と、異なる形のへこみが入っている。些細なことに感じられるかもしれないが、インクルージョンの実現を追い求めるマスターカードにおいて、これは重要な一歩となる。

※カードの実画像は、原文記事をご確認ください。

「このソリューションは、すごく単純だと思われるかもしれません。でも、決して安易に考えたものではありません」と、マスターカードのマーケテイング・コミュニケーション最高責任者を務めるラジャ・ラジャマナーは言う。彼は同社のヘルスケア担当ディレクターも兼任している。ラジャマナーは英国王立盲人協会と共同で調査を行い、このへこみは視覚障害のある人々にとって分かりやすく、区別するのに十分であることを確認した。例えば同調査チームは、視覚障害のある人々のうち点字を読める人は10人に1人に過ぎないというデータをもとに、カードの表面に点字をつける案を早い段階で却下した(さらに、米国では視覚障害のある子どもの約90%が点字を習っていない)。

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タッチカードは、2022年初めごろに米国で提供開始となる。最近はエンボス加工がなく、フラットですっきりしたデザインのカードが増えてきており、タッチカードのへこみはそうした流れにも沿っている。デジタル技術や電子POS端末が登場する前は、カード情報は手動で記録されていた(豆知識:そのため、以前エンボス加工のあるカードの読み取りに使われていた装置は、英語で「knuckle buster(指の関節を壊すもの)」と呼ばれていた)。「今の時代は、エンボス加工がなくても問題ありません」とラジャマナーは言う。

よりインクルーシブな顧客体験の創出を目指すマスターカードだが、こうした取り組みはタッチカードが初めてではない。同社は数年前から、特徴的な音を鳴らして支払い完了を知らせる仕組みを世界中の1億5000万を超える決済端末に搭載してきた。ラジャマナーはこれを「承認音(sonic acceptance sound)」と呼ぶ。「目が見えない方でも、音が鳴れば、ちゃんと決済できたんだなと分かります」とラジャマナーは説明する。「目が見える人も、目と耳で確認できれば安心です」

LGBTQの人には自分らしい名前をカードに印字

またマスターカードは2020年6月に「トゥルー・ネーム・カード(True Name card)」の発行を開始した。トランスジェンダーやノンバイナリー(男女の枠に当てはまらないと考える人)の人々が、法的な改名手続きをしなくても、カードに印字される名前を選べるというものだ。現在、米国のシティバンクや英国のモンゾ銀行など、32カ国で発行されている。LGBTQの人々は、券面の名前が自身の本当のアイデンティティを反映していないと感じていることが多い。「簡単な解決策があります」とラジャマナーは言う。「その人が望む名前をカードに印字すればいい。それだけのことです」

そして今、マスターカードは同じようにシンプルな提案をしている。カードの片側にへこみをつけて、視覚障害のある人々の経済的自立を促すということ。それだけのことなのだ。

この記事は、Fast Companyよりエリッサヴェタ M. ブランドンが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはすべてlegal@industrydive.comまでお願いいたします。