オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州の森林火災はようやく収まり、自然環境の回復に関心が移り始めている。緑が芽吹き、動物も戻り始めた。しかし、残念ながら森が二度と元の状態に戻らないケースもある。私たちは、その事実を受け入れなければならない。
今シーズンの森林火災がもたらした破滅的な被害は、数値データにも表れている。およそ6ヶ月の間に、オーストラリア全土で1100万ヘクタールを超える土地が燃えた。10億を超える動物が死んだことを示す証拠もある。
オーストラリアの森の再生力を思うと、少しは明るい気分になれる。しかし、「回復」についての報道を見ていると、実際はどうなっているのか、明確に伝える必要があると感じている。
先の森林火災に対して、オーストラリアの自然環境は確かに順応してきてはいるが、我々の研究結果では完全には元に戻ることはないだろうという結果が示されている。
火に包まれた未来
本記事の著者は、さまざまな学問を巻き込んだ気候変動プロジェクトに取り組む科学者や社会科学者である。パークレンジャーや農家、政策策定者、救急隊、自治体と連携しながら、取り組みを進めている。
私たちは、オーストラリア南東部を対象として、土地管理に関する将来の課題の調査や、想定できるさまざまな将来の気候シナリオの策定にも取り組んでいる。
大きな気候に関連した災害が起こりうることは、経験上分かっていた。しかし研究者として、今夏これほどの大火を目にする心の準備はできていなかった。
オーストラリアでは、森林火災は自然に起きる。しかし今、これまでは火災が起きなかった地域でも、見たこともないような猛烈な火災が、かつてないほどの頻度で発生している。この新たな事態のもとでは、自然の力をもってしても、火災が起きる前の状態まで回復できない。
灰に姿を変えるアルパインアッシュ
アルパインアッシュ(Eucalyptus delegatensis)の森の火災が、そのいい例だ。
ユーカリの仲間には、火災の後に樹皮の下から新芽が出てまた成長する種が多いが、アルパインアッシュはそうではない。この木が回復する唯一の方法は、樹冠(木の最上部)に蓄えられていた種子が火災後にすばやく芽を出し、それが成長することだ。
短期間に何度も火災が続くと、若木が成木になる前に死んでしまい、この木の繁殖サイクルが途絶えてしまう。これは、局地的なアルパインアッシュの絶滅につながる。
アルパインアッシュの森は、繰り返し起こる近年の火災に耐えてきた。2013年には、ビクトリア州で起きた火災で、アルパイン国立公園の森31,000ヘクール以上が燃えた。
今シーズンの火災で、また同じ場所が広範囲にわたって燃えた。気候変動により、オーストラリア・アルプスでは森林火災の頻度や激しさが増していることも研究で明らかになっている。
この生態系は回復しないだろう。その代わりに、これまでと違う新たな生態系に移行すると思われる。そしてアルパインアッシュをはじめ、従来の生態系で生きていくために進化してきた種の多くは、もう適応できなくなる。ほかの種類のユーカリの森や、低木地、あるいは草地といった、別の植生に置き換えられるだろう。
もう、安全地帯はない
こうした変化は、タスマニアスギ(Athrotaxis cupressoides)にさらに色濃く表れている。
このタスマニア固有の針葉樹は、成長が遅く、樹齢が1000年になることもある。この木が育つのは、タスマニアの高地や亜高山帯だ。昔は『指輪物語』や『ホビットの冒険』で知られるトールキンの描く世界のような風景が広がっていた。コケやエメラルドグリーンのクッション植物が茂り、「タルン」と呼ばれる山中の小さな湖が何千と点在する地だった。
しかし、2016年の火災をはじめとして、タスマニアスギの生育地一帯で近年発生した大規模な火災により、点在する数百のタスマニアスギ群生が黒焦げのがい骨のようになってしまった。残された立木は、乾燥と温暖化が進む気候の中で懸命に生き延びようとしている。
こうしたことがすべて、歴史的には火災が発生してこなかった地域で起きている。こうなる前は、太古から存続してきた火に弱い種も生き延びることができていた。
気候変動が進むにつれて、タスマニアスギの生息地はさらに狭まっていくだろう。気温が上がり、燃料の使用が増えれば、火災による破壊の可能性は高まる。これまでタスマニアスギが守られてきた地域では、その本数も面積も少なくなるだろう。
かけがえのないものが失われる
このような場合、これらの木々とその生態系を頼りにする動物は深刻な影響を受ける。そして、今回と同じような例はたくさんある。
直近の火災が起きるずっと前から、オーストラリアでは恐ろしいほどの速さで脊椎動物の絶滅が進んできた。今夏の火災によって、カンガルー島のスミントプシス(ネズミに似た小さな有袋類)など数種の動物が絶滅に近づいた。
今後の森林火災は過去に起きたような「いつものこと」でもはなく、人や自然がたやすく適応できる安定した「新たな日常」のようなものでもないだろう。今、私たちの目の前では、ほとんどの生き物が対応できないような速さで気候が変わっている。
オーストラリアの自然環境は火災とともに進化し、これまでの条件下では、火災から回復することができた。しかし気候変動によって、この法則は取り返しのつかないほどに書き換えられてしまった。
もはや、「自然は回復する」と安心してはいられない。これは、世界に対する警告である。
著者:グラント・ウィリアムソン(タスマニア大学リサーチフェロー/環境科学)、ガビ・モカッタ(タスマニア大学リサーチフェロー/気候変動コミュニケーション)、レベッカ・ハリス(タスマニア大学リサーチフェロー/気候)、トーマス・レメニイ(タスマニア大学リサーチフェロー/気候)。
本記事はThe Conversationに掲載されたものです。
本記事は、元々Popular Science誌に掲載されたものです。
A koala yells out during last month’s bushfires in southeastern Australia. (Andrea Izzotti/Deposit Photos/)
Along with some eucalyptus trees, Australian flowering grass trees are pyrophytic plants, which means they are adapted to survive in fire-prone habitats. (Natalie Maguire/Flickr CC/)
この記事は、Popular Scienceよりグラント・ウィリアムソン他/The Conversationが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。