エジプトの古都ルクソール。そこからほど近い村の野外劇場に村人たちが詰めかけ、体を揺らして笑い声をあげている。彼らにとっては死活問題の気候変動がテーマの劇にもかかわらずだ。
「何かコツがあるのかい?」隣人が自分の倍も小麦を収穫していることに気づいた農夫役の俳優がたずねる。「アル・タガヨラト・アル・モナヒヤ( al-taghayorat al-monakhiya:アラビア語で「気候変動」)に合わせてるのさ」と相手役は答える。「アル・モロヒヤ(al-molokhiya)?」モロヘイヤの葉で作られるスープの名前と勘違いした農夫が聞き返すと、どっと笑いが起こった。
2010年の熱波では、約1億人のエジプト人が主食とする小麦の生産量が激減した。それに対する政府の対応を舞台化したのが、この劇団だ。演劇を通して、生産量を最大化するために小作地を合同で使うことや、灌漑や農業技術によって気候変動や南部の気温上昇にうまく対応することを、村人にすすめている。
エジプトで気候変動への警鐘となったのは、小麦の収穫に壊滅的な打撃を与えたこの2010年の熱波だった、と農業省で農村開発や食糧支援を担当するアリ・ホザイエンは言う。
農業が雇用全体の約28%を占めるエジプトにとって、地球温暖化は大きな問題だ。この劇団の演劇プロジェクトに資金を提供している世界食糧計画によると、気候変動によってエジプト南部の食糧生産は、2050年までに少なくとも30%減る恐れがあるという。
一座はエジプト南部にある約50の村々を定期的に回り、地元文化と独特の訛りで脚色した劇を演じている。
最近では、ルクソール近くのエル・ボグダディという村でも公演が行われた。あるところに、気候変動と闘うために隣人と手を組むことも、灌漑用水路の内壁工事にお金を出すことも拒んでいる農夫がいた。ところが男はヘビに噛まれ、その死に際に自分の考えが間違っていたことに気づく、という話だ。
「気候は神が決めるもの。人間がどうこうできるものではありませんよね?」初期の公演でそう聞いてきた年配の農夫もいた、と同プロジェクトを統括するオスマン・アル・シャイクは言う。
エル・ボグダディなどいくつかの村では、すでに演劇の効果が出ている。同プロジェクトでは、節水の仕方を教えたり、小作地を隔てる柵や壁を取り払うことをすすめたりもしている。村では高価なディーゼルポンプの代わりに太陽光発電の灌漑ポンプが使われるようになり、地元のモスクや携帯電話のアプリから気象警報が流れるようになった。
こうした工夫により小麦の生産量は30~40%、サトウキビの生産量は25~30%増加した。その一方で、水の使用量は30%も現状したとアル・シャイクは言う。劇団は追加の資金を調達して、この公演を北部の5県でも展開したいと考えている。
「今では村の子ども全員が、気候変動のことを知っていますよ」とアル・シャイクは話す。
3人の女の子の母親で未亡人のフダ・ナジュイは、2年前の公演で同プロジェクトの小口融資を知ったのがきっかけで、アヒルとヤギを飼い始めた。
最前列の席で家族と上演を待っていた彼女は「おかげで今では経済的に自立しています。今日はただ、大笑いしたくて来ました」と話した。
エル・ボグダディ村の農夫アリ・ムルタダは、2010年の熱波のことをよく覚えている。同プロジェクトのおかげで小麦の収穫が倍増したという彼は、こう語る。
「他の国では気候変動のことを、未来に待ち受ける不安なシナリオのように考えているかもしれません。でも、私たちにとっては今、現実に起きていることなのです」
本記事の著者へのお問い合わせ先:カイロ在住サルマ・エル・ワルダニー
selwardany@bloomberg.net
本記事を担当した編集者へのお問い合わせ先:リン・トマソン
lthomasson@bloomberg.netまたはマイケル・ガン
©2019 Bloomberg L.P.
この記事は、Bloombergのサルマ・エル・ワルダニーが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。