環境省の発表によると、令和2年度の日本の年間食品廃棄量は522万トン(※1)。年々減少傾向にあるものの、いまだ大量の食品が廃棄され続けている。その反面、日本の食料自給率は38%(※2)と低く、食材の多くを輸入に頼っている。「たくさん輸入して、たくさん廃棄する」この現状に違和感を持つ人も多いのではないだろうか。

身近にある食材を、環境に配慮しながら、無駄なくおいしくいただくためにできることはなにか。イギリスのロンドンに、そのヒントとなるような革新的な工程で作られたカクテルを提供するバーがあると聞き、現地へ向かった。

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「奇想天外なカクテル」を生み出すバー

今回訪れたサウスバンク地区は、ロンドン市内を流れるテムズ川南岸に位置し、もともと倉庫街だった土地の再開発を進めているエリアだ。路地に入ると古い建物も残るこの新旧共存景観を一望できるホテル「Sea Containers London」の1階にあるのが今回のお目当てのバー「Lyaness(以下、ライアネス)」だ。

ライアネスで提供されるカクテルの特徴はその材料と工程にある。一般的にカクテルはジンやウォッカなどの蒸留酒がベースとなるが、ライアネスのカクテルの核となる主要な5つの食材は以下のとおりだ。

  • バーベキュー用の薪に圧力をかけ、濃縮・還元し抽出した「ツリー・キャラメル」
  • ゼロカーボン農場で再生可能エネルギーを利用して栽培した植物を酢酸に変換した「エヴリシング・ビネガー」
  • ハーブを液体窒素に入れて成分分解した「デス・ビターズ」
  • 環境要因に配慮したガスと電気分解によって生まれた「サンダー・マッシュルーム」
  • 地元にある穀物を麹菌によって発酵させ、圧搾抽出した「B+B」

まるでアートブックのようなカクテルメニュー「Arcenal cookbook(先祖代々の料理本)」

どれもがまるで化学の実験のような方法でつくられているが、この独創的なアイデアはどこから湧いてくるのだろう。

ライアネスのオーナー「ミスター・ライアン」ことRyan Chetiyawardana(ライアン・チェティヤワルダナ)さんがバーのオーナーとしてキャリアをスタートしたのは今から10年前の2013年。イギリスのロンドンに「果物や氷などの生鮮食品を一切使わない」世界初のカクテルバー「White Lyan(現在は閉店)」をオープンした。近年、日本でも「ゼロウェイスト」をコンセプトにしたレストランや量り売りのお店が増えてきているが、当時のロンドンでは画期的で、驚きを持って迎えられた。

彼がこの前代未聞とも思われるバーを始めたきっかけは「特別で魔法のように感じられるものでも、環境や社会に害を及ぼさないことを実証したいと思った」からだとライアンさんは話す。「材料のムダをほとんど出さない」という原則は、過去10年間において会社の指針となったが、別のバーで、別の問題に取り組むことを検討していく中で、このテーマは進化し、現在の「ライアネス」へとつながっていったという。

常識にとらわれない、ユニークなカクテルのアイデアは意外にも「日常生活の中のどこからでも出てくるものだ」とライアンさんは続ける。

「私たちのチームは、会話の中から生まれるマクロなトピックから幅広いストーリーを探り、彼らのバックグラウンドや興味の多様性を探り、それらを尊重しています。それは自分たちの店や飲食の業界を盛り上げるためにも重要です。人々が幸せを感じ、会話を弾ませ、おいしさを生み出せる場所であるようにしたいと思っています」

いざ、ライアネスへ!肌で感じたパブのようなアットホームさ

ホテルのバーと聞くと、敷居の高いイメージがあったのだが、その不安はすぐに消え去った。バーの入り口でスタッフがフレンドリーに迎えてくれたからだ。

バーに入ると大きな窓から光が差し込み、なんとも開放的である。テムズ川沿いを歩く人々を眺めながらひとりでお酒を楽しんでいる人も少なくない。内装は壁やインテリアが落ち着いた色で統一され、店内奥に配された印象的な鏡と、エレクトリックブルーのソファー、そしてオリジナルの緑色の大理石によってここが特別な場所であることを演出している。

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イギリスといえば「公共の社交場」ともいえるパブ文化が根強く、ライアネスは高級感がありながらも、パブ特有のリラックスした雰囲気もある。あちらこちらから聞こえてくる笑い声がとても心地よく、この場にいるスタッフを含めた全員が今この瞬間を楽しんでいるのが伝わってくる。

席に案内されると、スタッフが丁寧にカクテルの説明をしてくれた。お酒が苦手な人やカクテルに詳しくない人も、味の好みやその日の気分を伝えるとおすすめを紹介してくれるので、自分に合ったカクテルを見つけるのもバーの醍醐味かもしれない。

街ゆく人と変わりゆく街並みを眺めながらゆっくりと過ごす時間

筆者はアルコールの耐性が弱く、これまでバーは縁遠い存在だったのだが、ライアネスではノンアルコールカクテルも充実している。ノンアルコールカクテルにはメニューに星のマークがついていて、わかりやすく、気兼ねなく注文できるのも嬉しい。

今回、ビネガーベースのノンアルコールカクテルを注文した。目が覚めるほど真っ赤なカクテルがテーブルに運ばれ、一瞬たじろいだが、飲んでみるとビビットな見た目に反して爽やかでやわらかな酸味がのどをすっと通り抜けていく。ごくごく飲んでもすっぱくないから不思議だ。

生産過程をただ事実としてシンプルに伝えることの意味とは

ライアネスでは、バーで使用する主要な食材ができるまでの過程をメニューブックで紹介している。サステナビリティを前面に押し出すわけでも、私たちに問題提起をしているわけでもなく、イラストを交えながらただシンプルに伝えているのだ。

筆者が頼んだカクテルで使われている自家製のビネガーは、ライアネスがあるサウスバンクからほど近い、クラパムというエリアの地下農場で栽培された植物から作られているのだと書かれていた。使用されなくなった古い防空壕を改装したこの農場では、カーボンネガティブな農業をめざし、100%再生可能エネルギーで電力を供給しているのだという。

このメニューブックを見て興味を持つ人も、持たない人もいるだろう。ライアンさんが言う「多様性を尊重し、人々が喜び、おいしさを生み出す」という基本理念はしっかり残しながら、受け手に対して余白を持たせた提示の仕方がそれを物語っているように感じた。

筆者が注文したカクテル。お酒が苦手な人も引け目を感じることなく楽しめる

編集後記

今回、ライアネスに行って「長年受け継がれてきたカクテルの伝統をきちんと理解し継承しながらも、食材に対する新しい解釈とアプローチ」を楽しんでいるライアンさんや彼のチームの情熱を目の当たりにした。

当たり前にある価値観や常識を変えることには時に批判も伴い、勇気も必要だ。しかし、挑戦や失敗を恐れては何も変わらない。食にまつわる課題やそれに伴う気候変動への影響など、目を覆いたくなる現実を生きる中であっても「今ここにあるものに感謝し、楽しむこと」それが課題解決につながっていくのではないだろうか。

ライアンさんはアメリカのワシントンDCやオランダのアムステルダムにもバーを展開している。カクテルグラスから発信される彼の斬新なアイデアを体験してみてはいかがだろうか。

Lyanessの詳細
店名 Lyaness
住所 20 Upper Ground, London SE1 9PD(Sea Conttainers Londonホテル内)
営業時間 月曜〜木曜 17:00〜0:00
金曜16:00〜1:00
土曜 12:00〜1:00
日曜12:00〜23:00
ホームページ https://lyaness.com/

※1 環境省 「我が国の食品ロスの発生量の推計値(令和2年度)の公表について」
※2 農林水産省「日本の食料自給率」
【参照サイト】Lyaness
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この記事は、ハーチ株式会社が提供する『IDEAS FOR GOOD』(初出日:2023年3月29日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、にお願いいたします。