気候変動の影響で、これまでワインを生産していた地域のブドウの収穫量が落ちています。特に、世界のワイン生産量の45%を占めるフランス、スペイン、イタリアでの生産量が低いです。欧州では、気候変動に適応できる品種の育成が進められています。日本に目を向けると、遊休荒廃地をブドウ畑に転換することで、生物多様性を豊かにする取り組みが広がっています。

ワインづくりが生物多様性の豊かさにつながる理由

(Photo by Miho Soga)

ワインづくりが生物多様性の豊かさにつながる理由は、人の手によって、ブドウ畑に理想的な草原が作られ、多様な生き物を育むからです。

「自然」と聞くと、多くの人がイメージするのは、手つかずの「原生自然」と呼ばれるものですが、実際には原生自然の他に「二次的自然」というものもあり、日本では国土の約8割を占めています。これは田んぼや畑、公園などの人が適度に手を入れながら作り上げる身近な自然のことで、生物多様性がとても豊かです。家畜の放牧、火入れなどで維持されるタイプの草原も、二次的自然です。しかし近年、過疎化や農家の減少の影響で、二次的自然の多くが遊休荒廃地になりました。こうした場所では、人の働きかけがなくなったことにより、それまで生きていた植物が強い雑草に淘汰され、生物多様性が失われてきました。

そうした土地をブドウ畑にし、通路を作りながらブドウの木を垣根のように植える「垣根栽培」で育てると、ブドウの木の間に理想的な草原(高い木がない、草によって覆われた土地)ができ、多様な動植物が生息するようになります。ブドウ畑では定期的に草刈りをするので、草原の維持に必要不可欠な草刈りも、無理なく続けられます。ワインづくりのための作業が、生物多様性の豊かさにつながっているのです。

垣根栽培

垣根栽培の様子(Photo by Miho Soga)

キリンホールディングス株式会社の調査が明らかにする、ワインづくりの効果

ワインづくりが生物多様性を豊かにすることは、調査結果からも証明されています。遊休荒廃地をブドウ畑にしているキリンホールディングス株式会社は、2014年から国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の協力を得ながら同社のブドウ畑「シャトー・メルシャン椀子ヴィンヤード」(長野県上田市)で生態系調査を実施し、昆虫168種、植物288種を確認しました。この中には環境省のレッドデータブックに掲載されている絶滅危惧種も含まれています。

同社は、事業の拡大が生態系の回復・拡大に貢献する「ネイチャーポジティブ」型の経営を目指しており、他のブドウ畑でも同様の調査を進めています。さらに同社は今年、事業を通じた自然への影響、生物多様性への配慮を見える化する国際的なイニシアティブ「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」の枠組みの試作版に従った情報開示を、世界で初めて試行しました。これは、事業の一環として継続的な調査や環境保全を行ってきたからこそ実現できたことで、先進的な取り組みとして注目されています。

遊休荒廃地をエコビレッジに。富山県のワイナリーの挑戦

(Photo by Miho Soga)

中小企業の動きもあります。トレボー株式会社が手がけているDomaine Beau(ドメーヌ・ボー)(富山県南砺市)は、過疎化によって遊休荒廃地が増えた丘陵地に作られたワイナリーです。同社は「地域への恩返し」もテーマに掲げており、私が2022年6月に訪れた時には「今後は飲食や農業体験ができるエリアも設けたエコビレッジにして、地元の雇用創出、地域経済の活性化につなげたい」という話を聞きました。

「リジェネラティブ農業」で事業と自然環境を持続可能に

キリンホールディングス株式会社やトレボー株式会社は、大地を修復・改善しながら自然環境の回復につなげることを目指す「リジェネラティブ農業」を実践している、とも言えます。企業がこのような考え方で一次産業を見直すと、事業を続けながら、自然環境をより豊かにすることができます。さらに、その土地が気候変動を一因とする災害に遭った時に回復する力(レジリエンス)も高まります。生物多様性を豊かにすることが、気候変動への適応策にもつながるのです。

気候変動と生物多様性。両者を独立した課題として捉えるのではなく、一体のものとして考え取り組んでいくことが、今後ますます重要になります。

(曽我 美穂/ライター)

この記事は、有限会社エコネットワークスが提供する『Sustainability Frontline』(初出日:2022年11月1日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、にお願いいたします。