サウジアラビアで計画されているスマートシティ「ネオム」。100万人都市を目指すこの地では、今年、再生可能エネルギーの送配電ネットワークに関する初めての入札が行われる予定だ。この動きは、中東諸国において勢いを増しつつあるグリーンエネルギーへの移行が現実化してきたことを示している。長きにわたる石油と天然ガスへの依存から抜け出そうとしているのだ。各国は国際的なネットゼロの野心的目標に貢献したいと明言しているが、そこにはもっと冷静な計算も働いている。
石油の価格が下落し(注:記事翻訳時点の2022年2月では上昇傾向で推移)、長期的な石油需要が疑問視されていること、さらに石油や天然ガスに依存する経済を多様化する必要性や、再生可能エネルギーの発電コストの低下も相まって、中東・北アフリカ(MENA)諸国ではさまざまな電力技術へ多額の投資が進んでいる。なかでも盛んなのが太陽光と風力だが、これまでのところ、その大きな可能性はまだほとんど未開発だ。世界的に見ると、MENA諸国は総エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合が最も少ない。
紅海のほとりに位置し、カーボンニュートラルな都市になることが想定されるネオムは、世界有数規模のグリーン水素生産工場を持つことになる。グリーン水素は、再生可能資源から生産されるクリーンな燃料として台頭しつつあり、世界的な脱炭素の取り組みにおいて重要な役割を果たす可能性を秘めている。50億ドルをかけて建設されるこの工場は、サウジアラビアが進めている数々のグリーンエネルギー事業の一つであり、「ビジョン2030」の一環でもある。ビジョン2030は、同国経済に変革をもたらす手段として革新を推奨し、ベンチャー精神を後押しする、より広範なイニシアティブだ。
とはいうものの、この地域全体のグリーンエネルギーへの移行は、ゆるやかな進み方をするだろう。MENA諸国の石油や天然ガスの生産者は、今後もしばらくの間は世界市場において主要な役割を果たし続けると思われる。現に、サウジアラビアとアラブ首長国連邦は今後5~8年間は原油生産能力を高めたい、としている。少なくとも現時点では、石油と天然ガスに置き換わるほどの規模で再生可能エネルギーを供給することはできないため、石油と天然ガスがMENA諸国の経済の中核を担い続ける。しかしグリーンエネルギー事業への何十億ドルもの投資は、各国の方向性をはっきりと示している。
優先するものが変わりつつあることを示す説得力のある兆候として、MENA地域では2021年前半に石油火力発電所やガス火力発電所の契約が一件もなかったのに対し、再生可能エネルギーの契約額は28億ドルに達したと、中東経済誌ミドルイースト・エコノミック・ダイジェスト(MEED)が2021年8月に伝えている。同誌によれば、全体では約1040億ドル相当の再生可能エネルギー事業が計画されており、うち215億ドルが入札段階にあって、2021年と2022年に契約に至る見込みだ。
この移行の主導権を握っているのは、サウジアラビアのようだ。同国のグリーンエネルギー事業計画の価値は180億ドルと評価され、そのうち約130億ドルが入札段階にあるか、まもなく入札段階を迎える。2026年に操業開始が予定されるネオムのグリーン水素工場は、地域内で最も注目されている設備だ。ここでは、多くの人が「未来の燃料」だと考えるものを生産することになる。製造業と輸送業をけん引しながら、各国経済が二酸化炭素排出量を減らすのを助ける燃料だ。
水の電気分解によって生産されるグリーン水素に加えて、低炭素のブルー水素の生産にも大きな可能性が秘められている。ブルー水素とは、蒸気メタン改質法と呼ばれる方法によって天然ガスから作られる水素だ。この方法では、副産物として発生する二酸化炭素のほとんどが回収・貯留される。MENA諸国はブルー水素の生産に適していると考えられている。低コストの天然ガス資源があり、枯渇した油井(石油を採取するために掘った井戸)に炭素を貯留できるからだ。さらに、地域内で生産したグリーン水素やブルー水素をアンモニアに変換することも可能だ。そうすれば、貯蔵したり、欧州や米国、アジアの市場に輸送したりするのに理想的である。
業界筋は、中東における水素生産への投資の急増に注目している。この地域は「今、原油について果たしているのとほとんど同じように」水素についても国際的な供給拠点の役割を果たしうると言うのだ。なお現在、報道で大きく取り上げられているのは水素だが、より確立されたクリーンエネルギー部門の進展にも、目を見張るものがある。具体的には、太陽光と風力だ。2020年12月には、アブダビ近郊に世界最大の太陽光発電設備を建設する費用が確保された。この設備は、400万枚の太陽光パネルを使って16万世帯に供給するのに十分な電力を生産するものだ。さらに2021年8月には、サウジアラビアで初めての風力発電基地で発電が始まった。中東で最大のこの設備には99基の風力タービンがあり、フル稼働時には7万世帯に電力を供給している。
太陽光と風力の発電設備の開発は、北アフリカと中東の全域で進められている。特にモロッコでは、2020年には必要とされるエネルギーの37%を再生可能エネルギーが占めた。MENA地域では、二酸化炭素排出の課題に対処するために革新的な新技術も取り入れている。例えば、埋立て処分場行きになるごみを焼却することによって発電する廃棄物発電(WtE)という方法や、採油に伴って燃焼される天然ガスを利用するフレア回収などだ。
WtE事業は湾岸諸国で開発が進められている。これらの国では人口が増え、豊かさも向上しつつあり、人口当たりの廃棄物量が多いと言われる。世界有数の規模を誇るドバイのWtE設備では、12万世帯への電力供給が計画されている。さらに、世界全体のフレアリング(原油生産時に発生するガスの焼却処分)の40%を占めるMENA諸国におけるフレアガス回収事業は、排出削減において大きな役割を担う。主要な石油産出国であるイラクは、2020年にはロシアに次いで世界で2番目にフレアリング量が多かったが、2027年にはこの処分方法を止める見込みである。その実現に貢献しているのがフレアガス回収事業であり、現在までのところ中東で最大の設備の引き渡しが今年1月に完了した。これらの投資によって、イラクはイランからの天然ガスや電力の輸入に頼らなくて済むようになるかもしれない。現在、こうした輸入には制裁適用除外措置が必要とされている。
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MENA諸国が気候危機に歯止めをかけるのに貢献したいと考えているのは、明らかだ。しかも、世界の他の国々がよりグリーンな電力へとかじを切る中で、石油・天然ガスビジネスがもたらす利益が時とともに減っていくことも、MENA諸国の現実主義的なリーダーたちは理解している。だから優先分野を変え始め、最新技術を取り入れて、この地域の膨大な再生可能資源の開発に着手したのだ。再生可能エネルギーによる電力は、引き続き生産される化石燃料に比べると、しばらくの間は見劣りするだろう。だがグリーンエネルギーへの移行が進行しつつあるのは明らかだ。
起業家で投資家でもあるマイルソン・チアン・グオは、The Institute for Emerging Technologies and Social Impact (ITSI)の創業者。産業界のパイオニアや政界のリーダーの間で新技術の社会的影響についての対話や議論を活発化させることを目的としてITSIを創設した。ITSIは、社会的・経済的な利益を最大限にするために技術を活用するという共通目標の下で、独創的な研究を奨励し、知識を共有し、人をつなぐことを目的としている。
オリジナル記事The Middle East’s green energy transition is underwayはDigital Journalに掲載されたものです。
この記事は、Digital Journalよりミルソン・グオが執筆し、Industry Dive Content Marketplaceを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはすべてlegal@industrydive.comまでお願いいたします。