プラスの影響を未来につなげられるかどうかは私たち次第だ。

多くの人々にとって、世界各地で相次いだ驚くべき動物たちの目撃情報は、コロナ禍における数少ない楽しみの一つになっている。真っ白なザトウクジラとして知られる「ミガルー」はオーストラリアの海に戻ったところを発見され、イタリアの沖合にはコククジラが出現した。スコットランドのフォース湾では絶滅危惧種のイワシクジラが、英国南西部のコーンウォール沖ではシャチが観測され、観光客はめったに見られない光景を楽しんだ。

米国では、2020年12月、生まれたばかりのタイセイヨウセミクジラの子ども2頭が確認され、研究者たちが沸いた。冬の出産シーズンが終わるまでに、米国南東部で生息が確認されているセミクジラの親子17組のうち13組が発見されている。残る個体が400頭に満たない今、「生まれてきた子どもは1頭たりとも死なせることはできない」と北大西洋セミクジラ保全プロジェクトのマネージャーで、クリアウォーター・マリーン水族館の生物学研究者でもあるメラニー・ホワイトは語る。

もちろん、新型コロナウイルスのパンデミックが海に及ぼす影響はシンプルには語れない。 コロナ禍で現地調査を続けられなくなった研究者は多く、海洋保全プロジェクトは遅れ、プラスチック汚染は進んだ(海洋保護協会のボランティアが清掃活動を行った英国内の砂浜のうち、30%近くでマスクなどの個人防護具(PPE)が見つかっている)。

だが、通常ならあり得ないこうした動物たちとの遭遇は、私たち人間がいない間に海が健全さを取り戻している兆しとは考えられないだろうか? 人の活動が突然大幅に制限されたことで、私たちの生活様式の変化に海がどのように反応しているかを調査するチャンスが訪れた。本記事では、これまでに明らかになったことを紹介する。

静寂がもたらす価値

コロナ以前、海には耐えがたいほどの騒音があふれていた。クルーズ船や輸送船が行き交い、音波や振動を利用する活動はここ数十年で大幅に増えた。国際動物福祉基金によると、その結果、1960年から2000年の間、各地の海で騒音レベルが10年ごとに倍増したという。こうした活動による騒音公害はうるさいだけでは済まされない(家のすぐそばで四六時中音楽フェスティバルが行われているようなものだ)。コミュニケーションや回遊、摂食、繁殖など、海に住む生き物にとって必要不可欠な行動の妨げとなることもある。

そこに起きたのが、今回のパンデミックだ。クルージングは中止され、行き交う船は減った。底引き網漁や採掘作業も休止あるいは縮小された。海には静けさが戻った。コーネル大学の海洋音響学者ミシェル・フォーネットは、1970年以降に生まれたアラスカ南東部のザトウクジラは「初めての静かな夏」を経験したとガーディアン紙の取材に答えている。

同じように海が静けさに包まれた時期に行われた過去の研究では、慢性的な騒音が海洋動物に悪影響を及ぼす可能性が示唆されている。米国同時多発テロ事件後、船の往来が減った期間には、クジラが分泌するストレスホルモンの量が大幅に減少したことが分かった。海に船が戻るようになると、 ストレスホルモンの量も元通りになったという。

論文が発表された直後、執筆者の一人ダグラス・P・ノワチェクは「その後、船舶の交通量と騒音が増大し、それに伴ってクジラのストレスホルモン値も増えました」と語った。

人が出す騒音の影響を受ける動物は決してクジラだけではない。たとえば、クマノミの赤ちゃんは音で自分のサンゴ礁を判別する。また、クラゲにも音響外傷がおきることが確認されたり、生まれたばかりのオキアミが空気銃の衝撃で死んでしまう可能性が示されたりもしている。

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今回のパンデミックは、人間の活動による海中騒音の影響をより詳しく調べる機会となった。カリフォルニア大学サンタクルーズ校海洋科学研究所のアリ・フリードランダーは、2020年の4月から5月、つまり海に静けさが戻っていた時期に、クジラから採取した脂肪サンプルを使ってストレスホルモンを測定する実験を行った。彼は、その結果と2021年春に収集したデータを比較して、人間による海洋の騒音がクジラのストレスレベルに与える影響を引き続き解き明かしていくつもりだ。

千載一遇のチャンス

フリードランダーをはじめとする科学者たちの調査がまだ続くということは、人が海に及ぼす影響を調べるまたとないチャンスが今、パンデミックによって訪れているということだが、注目すべきはそれだけではない。パンデミックによる良い変化がこの先も維持されるかどうかは、私たち人間の今後の行動にかかっていることも、肝に銘じておきたい。

スペインの海洋科学研究所で主任研究員を務めるマラ・コールは、2020年12月の論文で、ロックダウン期間中のデータモニタリングによって「新たな環境ベースラインが設定された」と書いている。こうした新しい見解は、パンデミックによる私たちの生活様式の変化を受けて海洋にもたらされうるプラスの影響をより詳しく把握し、長期的な対策を講じるための「千載一遇のチャンス」につながる。

たとえばCOの排出量は、パンデミックに伴うさまざまな制限により、2020年には最大8%減少すると見込まれた。コールによると、これは「産業革命前からの地球全体の気温上昇を1.5℃未満に抑えるという、パリ協定に沿った目標の達成に必要な年間の排出削減量におよそ合致する」という。素晴らしい記録ではあるが、完全に一過性のものだ論文には「CO排出量の増加ペースは従来の予想よりもわずかに落ちるが、おそらく地球温暖化を大幅に遅らせるのに十分な削減量にはならない」とも書かれている。

「多くの人はきっと、すぐにでも元の生活に戻りたいと考えているでしょう。でも、それではまったく自然のためにはならないのです」と話すのは、サンゴ礁研究の第一人者である野生生物保護学会(WCS)のティム・マクラナハン博士だ。自然が何らかの回復を示すようになるには、「この先も変化を持続させていく必要があります」。

国連アジア太平洋経済社会委員会が作成した報告書は、「海洋環境を守るためには、排出量やエネルギー需要が減少した絶好のチャンスを逃さず利用することが極めて重要である」と強調する。また同報告書には、健全な海を維持していくために取るべき主な施策として、「データ収集・共有プロセスの強化」、「海洋汚染、持続可能な漁業と海運に関する国際条約の施行」、「国際合意の履行状況の監視」、「域内における国家間協力のさらなる充実」が挙げられている。

報告書の作成を指揮したアルミダ・S・アリスジャバナ事務局長は、次のように書いている。「私たちは、このチャンスを活かしてアジア太平洋地域の持続可能な未来に向けた航海の舵取りをしていきます。確かなデータと域内における連携を羅針盤に、進むべき正しい航路へと導いていきます」

 

この記事は、Scuba Divingのメリッサ・ホブソンが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはすべてlegal@industrydive.comまでお願いいたします。