新型コロナウイルスの感染拡大が続き、世界は停滞している。国をまたぐ移動が制限され、少し前まではにぎわいを見せていた人気の観光地も人の往来はまばらで、今では現地住民と駐在員くらいしかいない。タイのように観光業に依存する地域では、パンデミックによって生活がすっかり変わってしまった。3月24日にはタイ政府により緊急事態宣言が発令され、事業活動の停止や集会の制限、夜間の外出禁止が要請された。タイ南部のピピ島では旅行客の入島が禁止され、島の外に出るのにも政府の許可と健康診断書が求められることとなった。ピピ島に来ていた観光客の多くは、母国を離れたまま日々を過ごすことに不安を覚え、急いで帰国の途についた。ピピ島で暮らす駐在員は次から次へといなくなり、島に残ったのは、海に対して熱い思いを抱く人々やプロのダイバーばかりとなった。そんな彼らは、このまたとない状況をチャンスと捉え、ピピ島周辺の自然環境や生き物の生息地である海の再生に取り組んでいる。

ピピ島には、何か島に恩返しをしたいと思いながらも暇を持て余している人々がいた。そこで、ダイビングショップ「ザ・アドベンチャー・クラブ」を営むテロ・ケンパスは、トンサイふ頭で「ピピ島清掃プロジェクト2020」を行うことにした。参加したボランティアダイバーは累計100名を超えた。国籍は26カ国と幅広く、島内のほぼすべてのダイビングセンターからも集まり、テロの指揮のもと活動した。参加者同士がソーシャルディスタンスを保てるように日々のスケジュールやシフトが組まれ、ボランティア5名からなる3つのグループがふ頭の各エリアに配置された。それぞれのグループでは、3名のダイバーが水中にもぐってゴミを集め、残り2名は陸上で手助けをした。ダイバーが水中で作業をしている間、陸上のスタッフはゴミ袋の中身を回収したり、何か危険が迫っていないかと海上を見張ったりしていた。ダイバーたちは手作業でゴミを回収したが、大きなものは担当のスタッフがリフトバッグ(海中での荷揚げに使う用具)やクレーンで引き上げた。地元の人々も協力し、できることなら何でもいいから、と企業や個人が手伝いを申し出た。島のレストランや店は食事や飲み物を毎日のように差し入れ、陸上でのサポートやプロジェクトに関する書類の作成を手伝ってくれる人もいた。

「私たちのふるさとである島にこもっていられるおかげで、海のゴミ問題に本腰を入れて取り組む、特別なチャンスを得られました。ダイバーだらけのボランティア団体とまったく接点のなかった方々も、あまりできることがない中でも何とか貢献しようとしてくれました」プロダイバーのボランティア マシュー・フィッツメイヤー

ターコイズブルーの澄んだ海、石灰岩でできたカルスト地形の崖、白い砂浜に囲まれたピピ島は、タイ全土の中でも特に人気の観光地だ。ピピ島を訪れる観光客は近年では1日あたり1000人を超え、その大半がトンサイ湾のふ頭から入島する。それに伴い、島の海洋環境には相応の被害が及んでいた。人為的なダメージに加え、2004年に島を襲った大津波により、トンサイ湾はもろに打撃を受けた。津波によって島のゴミが流されて湾に入り込み、海底に大量に積もった。津波の後に何度か清掃活動が行われたが、しばらくすると埋もれていたゴミがまたあらわになり、砂や沈泥から浮かび上がってきた。

行政の介入がなければ、トンサイ湾のふ頭付近は危険すぎて清掃どころではない。絶え間なく船が行き来し、日々休む間もなく物資が運ばれてくる。清掃スタッフが海にもぐれるような状況ではない。ピピ島のあるクラビ県では、新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けた取り組みの一環として、島への船の出入りが知事によりほぼ全面的に停止された。これにより、10年以上ぶりにふ頭に自由に入れるようになった。この貴重なチャンスのもと、再生プロジェクトの地としてトンサイふ頭が選ばれたのだった。

「これまでも毎年決まった日に湾の一部を清掃していましたが、ふ頭エリアを清掃する機会は一度もありませんでした。私の経営するプリンセス・ダイバーズからは20名以上がボランティアとしてこのプロジェクトに参加していて、彼らをとても誇りに思います。ふ頭付近の海中にゴミがたくさんあるのを目の当たりにするのはつらいですが、同時に、みんなで力をあわせれば変化を起こして環境を救えるんだと分かり、嬉しく思います。以前は、ふ頭付近を清掃しようにも交通量の問題がありました。この湾では毎日50隻以上の船が運航していて、清掃するのはほぼ不可能でした。とてもじゃないけど危なくて」プリンセス・ダイバーズ経営者 ロジャー・アンドルー

 

Volunteer Divers Social Distance in Thailand

ソーシャルディスタンスを守るボランティアのダイバー - 「プリンセス・ダイバーズ」
写真提供 テロ・ケンパス(Instagram:@Terokempas)

4月21日から5月24日にかけて20日間、ボランティアが作業した結果、トンサイ湾から除去されたゴミの総量は2万1529キログラムに上った。回収されたゴミの中には、ペットボトルや缶、プラスチック、道具、イス、さらにはトイレまで、さまざまなものがあった。海底からは大量のゴムタイヤも見つかり、プロジェクトが終わるまでに計461本ものタイヤが海中から引き上げられた。ゴミの回収に加え、ボランティアはふ頭周辺の海に人工の砂州を作り上げた。湾の随所に散らばっていたれんがやコンクリートを回収し、それを砂州の基礎とした。ふ頭周辺の沿岸の生態系をよみがえらせる目的で作られたこの砂州は、海洋生物のすみかとなり、この付近の生物の量と多様性の両方が高まることが期待される。

 

Surface Crew Assist Divers during Cleanup

海中からゴミを引き上げ、地上でゴミの管理を担当するスタッフ
写真提供 サイス・パズ(Instagram:@Scuba.thaispaz)

「プロジェクトのはじめから、ふ頭付近の海中の様子を撮影して、そのショッキングな映像をピピ島の役人の方々に見せました。啓発活動もすでに始まっていて、主な汚染源のひとつと考えられる貨物船の船長らにふ頭の管理者が話をしています。もしゴミを投棄しているところが見つかったら罰金が科せられることもありますよ、と警告する看板を英語とタイ語、中国語などの複数の言語で作って、ふ頭に掲示しようという計画もあります。ですが、こういった決断は私たちにはできません。それは、当局の人たちに委ねます。材料はすべて提供したので、見てもらえれば、問題がどれだけ大きいか分かるでしょう」ザ・アドベンチャー・クラブ経営者 テロ・カンパス

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によりピピ島も困難な事態を迎えることとなったが、島が封鎖されたことで、ボランティアたちは島に大きな変化をもたらすために必要な時間を手にした。制限が緩和されるにつれ、トンサイ湾にも活気が戻ってくる。そうすると、再生プロジェクトの成果を維持するという新たな課題が出てくる。ふ頭付近の環境の健全さと生産性を維持するための取り組みの主軸となるのは、現地コミュニティの協力のもとで行われる、住民への啓発活動だ。観光業がもとの活気を取り戻す頃には、ピピ島を訪れる観光客は数年前よりもきれいになった島の姿を見られるだろう。それは、現地住民がきれいな姿を守っていこうと懸命に取り組んでいるおかげだ。


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この記事は、Scuba Divingよりトラビス・タージオンが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。