アフガニスタン出身で2人の子どもを持つシングルマザーのサラ・フェイジ(31歳)は、2018年、ブルガリアに来てすぐに、壁にぶち当たった。前職では銀行の支店で管理業務をしていたという彼女。職を求めていたが、ブルガリア語も話せなければ、知り合いも誰一人いなかった。

ここでフェイジに手を貸したのが、ブルガリア人のイヴァ・グムニシュカ(25歳)だ。行動力あふれる彼女は、自身の創設した社会的企業のHumans In The Loop(HITL)を通し、今話題の機械学習や人工知能(AI)に関する業界の仕事をフェイジに紹介した。

「子どもの面倒をみないといけないので、何の仕事にも就けなかったんです。今は在宅で働けますし、仕事も難なくこなせます」とフェイジは語った。

アフガニスタン、イラク、シリアを中心とする国々からブルガリアに移り住んだ難民は、過去5年間で推定1500~2000人いるが、フェイジもその一人だ。ブルガリアはEU加盟国の中でもっとも貧しく、政府から難民への援助はないに等しい。

HITLが依頼する仕事はプロジェクトベースで、必要なのはコンピュータとインターネット環境だけだ。

ブルガリアの首都ソフィアにあるHITLの小さなオフィス兼教室で、グムニシュカはAFPの取材に応じた。業務の内容は、AI技術に欠かせないアルゴリズムを機能させるのに必要なさまざまな画像やデータの収集、選別、分類だという。

グムニシュカによると、データはその後、世界中の顧客に利用される。拡張現実(AR)ゲームからスマートドローン、監視カメラ用の顔認証システム、さらには自動運転車まで、幅広い製品に活用されるという。

グムニシュカがHITLを創設したのは、2年前のことだ。当初は、ソフィアに住むごく少数の難民を対象に、英語やデジタルスキルを教える場としてスタートを切った。目的は、難民がフリーランスの仕事を見つける手助けをすることだった。

グムニシュカはその後、この「とても小さなニッチ市場」をうまく活用することにした。欧米のスタートアップ企業から受注した仕事を難民に直接つなぐのだ。業務には、特別な技能も語学力も必要ない。

この市場は成長も見込めると思っていた、とグムニシュカは言う。

– 「ググらないと」 –

グムニシュカには、技術系のバックグラウンドがなかった。起業して間もないころ、AI関連のある業務に対応できるかと取引先から聞かれた時のことを思い出し、彼女は笑みを浮かべた。

「『できます』と答えた後に、業務の内容を一から理解するためにググらないといけませんでした」とグムニシュカ。ブルガリアに帰国する前に米ニューヨークのコロンビア大学で彼女が学んでいたのは、人権だった。

それから、彼女はこの業務に関する専門的な知識を身につけた。今では、スタッフへの研修を自ら行うことも多い。HITLは1年半のうちに、ソフィア在住の難民およそ100名をスタッフとして抱えるまでに成長した。

 

Iva Gumnishka's company Humans In The Loop along with partners has also trained refugees in cam...

 

取引先からの仕事の依頼が増えるにつれ、グムニシュカは、紛争地域にいる人々に直接仕事をお願いする方が大きな価値を生み出せるのでは、と考えるようになった。

そこでHITLが提携先に選んだのが、RoiaとWorkWellだった。Roiaは非営利組織として、シリアに住む若者やトルコに住むシリア難民に、職業訓練をしている。WorkWellは、イラクに住む難民などの弱い立場にある人々を対象に、デジタル関連のさまざまな講座をおこなっている。

互いに協力しながら、これら3つの組織はこれまでにシリアやトルコ、イラクに住む150名の人々に、さまざまなプロジェクトへの就業支援や研修を行ってきた。支援を受けるのは、難民や女性、若者が中心だ。

WorkWellからメールで送られてきたコメントには、「プロジェクトベースで働くことの最大のメリットは、きつくないことと、いつでもどこでも働けることです」と書かれていた。コメントの主は、イラクの難民キャンプで家族とともに暮らすシリア難民のシャール・カデル・アリ(21歳)だ。

彼はフリーランサーとして十分な額を稼ぎ、自身が暮らす難民キャンプで携帯電話を修理する小さな事業を始めた。

– 「正当な報酬」 –

かつては闇市場で稼ぐか、臓器あっせん業者に臓器を売るか、あるいは武装集団に身を投じるくらいしか稼ぎ口がなかった若者に、HITLのプロジェクトは新たな職業の可能性を切り開いた。RoiaのCEOであるカレド・シャーバンは、そう語った。

「今の最大の課題は、さらに多くの取引先を確保することです。欲しいのは寄付ではなく、仕事の依頼なんです」とシャーバンは言う。

こうした不安定な働き方だと、弱い立場にある労働者が搾取される可能性はないのだろうか。

WorkWellがAFPに提供したデータには、2019年5月から12月までに76名のスタッフが7つのプロジェクトに携わり、およそ1万2500ドル稼いだとあった。

先述のカデル・アリは特に熱心に働いたスタッフの一人で、直近のプロジェクトでは1300ドルもの収入を得た。

グムニシュカは、HITLが難民を巻き込んだ事業をしていることを取引先へのセールスポイントにしたことは一度もない、とインタビューで強調した。そして、業務の質が高いことで、すべてのスタッフが正当な報酬を得られている、と付け加えた。

「当社がアピールするのは主に、スタッフの準備や訓練がしっかりしていること、少人数の専任チームで対応すること、スタッフと一緒に働くスーパーバイザー(監督者)がいることです。つまり私たちが一番大切にしているのは、仕事の質なんです」とグムニシュカは話した。

 

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