国連によると、今、世界では全人口に分配しても余るほどの食料が生産されている。ところが2016年の飢餓人口は、8億1500万人に上った。これは、世界人口のおよそ11%にあたる。

2050年までに、世界人口は98億人に達すると予測されている。そうすると、食料不足は今よりもはるかに深刻になるだろう。世界経済フォーラムの予測では、食料需要は今より60%増える一方で、気候変動や都市化、土壌劣化が進み、農業に利用できる土地面積は縮小する。そこに水不足、汚染、不平等の拡大といった問題が加われば、予想される未来はさらに厳しいものとなる。

そんな中、食料システムの崩壊リスクを緩和しようと取り組んでいる人々がいる。英国キュー王立植物園のディレクターを務めるリチャード・デヴェレルも、その一人だ。この植物園は「世界最大規模かつ最多種の植物・菌類コレクション」を持ち、食料安全保障の研究を行う科学者の重要な情報源となっている。研究内容は、栽培イネよりも少ない水量で育てられる野生のイネから、エチオピア国内の複数の地域で飢饉の深刻化を防ぐのに一役買ったエンセーテと呼ばれるバナナのような植物の特性まで、多岐にわたる。また同植物園は「ミレニアム・シード・バンク」という施設も運営している。デヴェレルの言葉を借りれば、この施設は野生植物種の絶滅を防ぐための「保険」である。

米誌「TIME」は英国政府の後援のもと香港で開催されたグレート・フェスティバル・オブ・イノベーションでデヴェレル氏を取材し、世界的な危機を避ける方法について話を聞いた。

世界の食料安全保障とは? なぜこれが懸念すべき問題とされているのでしょうか?

食料安全保障は、全人類が直面している非常に深刻な問題です。突き詰めて言うと、気候変動が進む中で増え続ける人口の食料をどうまかなうのか、ということ。気候変動の影響は読めない上に、その仕組みも完全には解明されていません。世界全体に言えることですが、私たちの食はごく限られた品種に依存しています。国連食糧農業機関(FAO)によると、米、トウモロコシ、小麦という、たった3種類の植物が人間の全摂取カロリーの50%以上を占めています。

関連記事: 地球の食卓-世界の食・環境を通して知る文化

私たちの食料源は、気候変動や病害にどれほど弱いのでしょうか?

数千年に及ぶ農業の歴史の中で、人間は主に収穫量を基準に、植物を選り好みしてきました。増加する人口を養うために収穫量が多いことは重要です。しかし、それはごく限られた種の農作物に依存することも意味します。現在、人間の全摂取カロリーの75%を占めている作物は、たった12種しかありません。もし何か害虫や病原菌が発生したら、あるいは、ある品種のある特性が気候変動に適応できなくなったら、遺伝的多様性の欠如が原因となり、その品種の農作物がすべてだめになってしまいます。こうしたことが実際に起きたこともあります。1950年代、バナナの供給は世界的にグロスミッチェルという一つの品種に大きく依存していたのですが、この作物は種内の多様性が欠如していたので、パナマ病によってほぼ全滅してしまいました。でも私は、今正しい判断をすれば、解決の道はあると確信しています。食用に適する植物種はおよそ5,500種ありますが、私たち人間が食べているのはそのうちのごく一部です。また、菜食と肉食のバランスも解決の糸口になります。

肉ばかり食べることがなぜそれほど大きな問題とされるのでしょうか?

生物多様性の喪失、ひいては絶滅の最大の原因の一つは、森林地帯が牛の放牧地と化していることです。牛肉1キログラムの生産には、植物性タンパク質1キログラムの生産と比べておよそ30倍もの環境負荷がかかります。持続可能な未来のためには、私たちの食生活を根本から変える必要があると思います。途上国が肉中心の食生活に移行していることも、地球にとっては負担です。もし、インドや中国の人々がアメリカ人と同じように肉ばかり食べるようになれば、地球の資源に非常に大きな負荷がかかってしまいます。

イネの収穫シーズンに水田で働く女性たち インド直轄領ジャム・カシミール州シュリーナガル 2017年9月24日

アメリカ人の多くは、肉は毎食欠かせないものと考えています。どうすればこの意識を変えられるでしょうか?

まずは、消費者に自分たちの食生活とその影響を知ってもらうべきだと思います。牛肉を食べることが豚肉や鶏肉を食べることよりもずっと環境に悪いことだと、皆さん理解しているでしょうか。自分たちの食べるものがどこからやって来たのか、知っている人はどれだけいるでしょうか。といっても、ヴィーガンやベジタリアンといった食生活への関心は、すでに高まりつつあります。中には、1週間に3~5回だけベジタリアンの食事を実践するという人もいるようです。昨年の秋にサンフランシスコに行った時、ヴィーガンの食生活を勧めるポスターを何枚も見かけ、驚きました。20年後のサンフランシスコでは、今の飲酒運転と同じくらい、肉を食べることが社会的に許されない行為になっているかもしれませんね。

「肉不使用の肉」が広まっていますが、試験管で育った食べ物に抵抗がある人もいます。こうした食料は、未来ではあたり前になるのでしょうか?

新しい技術に抵抗はつきものです。ただおもしろいのが、植物性バーガーはヴィーガンやベジタリアンではなく、牛肉を使ったハンバーガーを好んで食べる人々をターゲットにしている点です。お決まりの宣伝文句は「まずは食べてみて。おいしさはそのままなのに、身体にいいし、値段もお手頃。環境にもずっと優しい」です。別の問題として、遺伝子組み換えがあります。ベースとなっている技術がきちんと理解されていないので無理もないのですが、不安を抱かれてしまうのです。よく言われるのは、遺伝子組み換えは自然な行為ではないということ。そうは言っても、伝統的な農業でさえ自然ではなく、環境破壊の大きな要因となっています。遺伝子組み換え作物の方が除草剤や殺虫剤、水をあまり使わずに済むなら、この技術にも優れた点があるということを社会全体として理解すべきだと私は思います。

関連記事: 米国の飢餓事情が変わる時

20年後の食卓はどうなっていると思いますか?

様々な食材が食卓にのぼっていたらいいな、と思います。旬の食材、できれば地元で生産された食べ物が使われているとよいですね。未来でも肉は食べられていると思いますが、特別なご褒美のようなものになっているかもしれません。人の食生活は、いつの時代も変化します。30年前の英国では、アボカドは非常に珍しい異国のものとされていました。バナナが食べられるようになったのも、第二次世界大戦後のことです。

持続可能な食生活のために、私たちが今すべきことは何でしょうか?

食べる量を減らすこと。肉を食べる回数を少なくするなどの工夫をしながら、肉食を減らすこと。それから、フードマイレージを考え、できるだけ近くで生産された食べ物を食べるのもよいですね。地元で生産された旬の食材は、健康にも環境にも優しいです。自宅のバルコニーや屋上、庭で、自分で食材を育てるのもおすすめです。とても楽しいですし、自然とのつながりも再発見できますよ。

― 映像:アリア・チェン/香港

 

この記事は、TIMEのジョセフ・ヒンクス(香港)が執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。