STEM教育やプログラミング教育は今注目のキーワードだ。新学習指導要領の実施が2020年度に迫る中、科学技術教育に対する関心が一層高まっている。東北大学では、地域における科学技術教育の拠点として、小・中・高校生および学校教員・保護者を対象とする「東北大学サイエンスキャンパス」を展開してきた。年間およそ1,300人の子どもたちが参加する充実のプログラムは「『なぜ』をしっかり考えさせてくれる」と、保護者にも好評だ。今回は、前編でその成り立ちや社会的意義を聞いたインタビューを、後編で協和キリン提供のプログラム「バイオアドベンチャー『微生物ははたらきもの』」の様子をお伝えする。

※STEM教育:STEMとはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字。

原理を掘り下げ、「なぜ」を問う
科学技術を見極める力を養成したい

東北大学サイエンスキャンパス(正式名称:東北大学工学研究科・工学部サイエンスキャンパス)は、体験型科学教室、子ども科学キャンパス、教育セミナー(小中高校の教員対象)の3つの軸で構成されている。このうちの「体験型科学教室」で行われるのは、協力企業独自の教育プログラムを基にした特別授業だ。現役で活躍する各社の技術者・研究者が講師を務め、小学校低学年から高校生の子どもたちに、学校の授業ではできない体験を提供している。その内容は、バイオ系の実験や電子顕微鏡を用いた観察から、プログラミング、二足歩行ロボットや自動車模型の製作まで、さまざま。プログラム提供企業の幅広さを反映し、バラエティーに富んでいる。

“STEM教育と言われますが、Science(科学)とMathematics(数学)は学校の科目があるのに対し、Technology(技術)とEngineering(工学)は子どもたちの学びに不足しがちです。私たち東北大学工学研究科・工学部が行っている「東北大学サイエンスキャンパス」は、この「T」と「E」の学びを提供するプログラムです。”

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青木 秀之教授(東北大学大学院工学研究科、創造工学センター長)

“たとえば先日の教室ではスピーカーを作りました。完成すると、保護者も一緒になって、楽しそうに音を聞いています。自分が作った物が誰かを喜ばせたうれしさは、子どもたちの「ものづくりの原体験」になるはずです。”

教室で体験できるのは、ものづくりにとどまらない。大切にしているのが、目の前の製作や実験の裏にある科学の原理を伝えることだ。複雑な原理をシンプルに教えるのだが、ただ教えるのではなく、長い時間を取り、子どもたち自身が自分の頭でじっくりと考えるよう働きかけている。

“普段の生活でも「これはどうなっているのかな」と掘り下げる癖がつくと、科学的な思考を育む練習になります。私たちは、子どもたち全員に、技術者・研究者の道を歩んでほしいと思っているわけではありません。ですが、科学技術は暮らしの中に存在するもの。科学を見極める目を皆さんに持ってほしいと願っています。”

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中村 肇准教授(東北大学大学院工学研究科、創造工学センター副センター長)

震災を経て、科学技術教育の拠点を再興

2011年、東日本大震災が発生する。東北大学がある宮城県も大きな被害を受け、地域の子どもたちの学びの場も失われてしまった。

“私たち東北大学工学研究科・工学部が復興にどう貢献するかを議論した時に、重要な要素として挙がったのが、次世代人材育成でした。科学技術教育の拠点を再興し、将来の科学技術社会の担い手となる子どもたちを育てることが、宮城の地を盛り立てていくことにつながる、と。その折に、カタール政府から資金援助の申し出があり、「東北大学・カタールサイエンスキャンパス」の名前で体験型科学教室や教育セミナーなどが始まったのです。”

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東北大学サイエンスキャンパスホール

東北大学・カタールサイエンスキャンパスは工学研究科・工学部の特別プロジェクトとしてスタートした。一方、工学研究科・工学部の共通施設である「創造工学センター」では、すでに2001年から仙台市教育委員会と連携して「子ども科学キャンパス」を開催していた。これは、工学部の教員と学生が講師となり、仙台市内の小学6年生を対象に実験を中心に学んでもらうもので、その設置目的の1つ「地域社会に対する知的サービス」を具体化した取り組みだ。2018年になると、復興支援として始まったサイエンスキャンパスは工学研究科・工学部の基幹的な事業の1つとして位置づけられ、子ども科学キャンパスと統合されることになった。創造工学センターを運営主体に「東北大学サイエンスキャンパス」として新たなスタートを切ったのだ。

毎回の教室の運営には工学部や工学系の4つの大学院で学ぶ学生が子どもたちをサポートする「TSコミュニケーター」として加わっているが、今年のメンバーには、かつての子ども科学キャンパスを小学生の頃に受講した学生がいるそうだ。科学の面白さを伝える取り組みが、着実に実を結び始めている。

充実した内容の教育プログラムは、どのように作っているのだろうか。

“もともとは、企業が取り組む復興支援活動の一環として、ご協力いただいていました。今は、復興支援の活動で接点があった企業に加え、CSRの観点から子どもたちの教育に関心を持つ企業にも新たに協力をお願いしながら、取り上げる分野・テーマや対象学年などのバランスや目新しさといった点を踏まえ、プログラムを検討しています。”

企業には、ものづくりや実験の体験に終わらせるのではなく、科学の原理を知る機会、試行錯誤しながら子どもたちが自分で考える機会にするようお願いしているという。現役の技術者・研究者に講師を依頼するのには、子どもたちに技術者・研究者の姿勢や努力を間近で感じてもらい、将来の進路・キャリアを考えるきっかけにしてほしいという願いが込められている。

子どもたちはプログラムを通じて、学校での学びが、身の回りの製品・サービスに使われる科学技術につながっていると実感することとなる。一方、講師を務める技術者・研究者の側にも気づきがあるようだ。

“担当いただいた企業の皆さんからは、自らの仕事が社会とどうつながっているのか、振り返るきっかけになるという言葉をいただいています。遠くから来てくださることもあって、ありがたいですね。今回の協和キリンさんのスタッフの一部の方も、遠くは静岡や山口からお越しくださいました。”

後編では、協和キリンが提供したプログラム「バイオアドベンチャー『微生物ははたらきもの』」の様子をお伝えする。