「食事はまず目で楽しむ」

1世紀ごろの古代ローマでグルメとして名をはせたマルクス・ガビウス・アピシウスの言葉だ。それから2000年後、この言葉は学術研究によって裏付けられることになる。サンディエゴ州立大学(SDSU)のファウラー・カレッジ・オブ・ビジネスでマーケティング学を専門とする教授らのチームがおこなった、食事が感覚に及ぼす影響と健康的な食の進化に関する研究である。

食事が感覚に及ぼす影響を研究してきたSDSU准教授のモルガン・プア博士は、たった一枚の食べ物の写真がいかに人間の五感や感情に訴えかけるか、よく知っている。「例えばハンバーガーの写真を見れば、視覚以外の感覚も刺激されて、ハンバーガーの味やにおいまで想像できます」

世界に広がる健康危機

残念ながら、ハンバーガーのようないわゆる健康に良くないとされる食事いかにも美味しそうな見栄えで気軽に買える一方で、健康的な食事は手に入りにくい。こうした事情もあり、世界に健康危機が広がっている。実際、世界保健機関(WHO)が発表した統計によると、世界全体の成人の39%が過体重で、13%が肥満(BMIが30以上)だ。WHOは、世界の肥満率が1975年から3倍近くになった点も指摘している。

カギは、ヘルシーな食事の魅力アップ

肥満を解消する一つの方法は、食べる楽しみをうまく活用してヘルシーな食事を選ぶよう促すというやり方だ。マーケティング学を専門とするSDSUの教授ポーラ・ピーター博士、イアナ・カストロ博士、スナイナ・チュガニ博士が行った研究が先日の『Journal of Business Research』誌(印刷版は2019年7月発行)に掲載されている。その中で、ヘルシーな食事を幸せな体験や感情と結びつけると、そういう食事への購買意欲や食欲がかき立てられることが確認された。

また同研究では、成功例として、ベビーキャロットの売り上げをV字回復させたBolthouse Farms社のマーケティングキャンペーンを取り上げている。キャンペーンでは、ニンジンの健康効果を前面に打ち出すことはせず、食べるときに感じる楽しさを強調した。キラキラ輝くオレンジ色に、ポリポリとした食感、カサカサという音がするパッケージは、いわゆる「ジャンクフード」の特徴をまねたものだ。これが功を奏し、10~12%の売り上げ増につながった。

ヘルシーな食事の前に立ちはだかる壁を崩す

この研究では、「時間」と「お金」がヘルシーな食事にまつわる幸せな経験を重ねる上で大きな障壁になっている点も指摘されている。健康的な食事を作るのに必要な食材を探したり、美味しくてヘルシーな食事が食べられるレストランを見つけたりするには時間がかかる。また、レストランで食事をするにせよ、食材のほか、包丁や鍋などの道具を買って自分で料理するにせよ、お金は必要だ。数々の研究に基づいて、教授たちは、ヘルシーな食事を妨げる最大の障壁は、食事を手に入れるためにかかる時間や手間よりも「お金」であると結論づけた。

カストロは、所得が低く、多様な民族が住む地域の人々を対象に、生鮮食品などの健康的な食事へのアクセス状況に関する詳しい研究をおこなった。サービスが十分に行き届いていない地域に住む人々は、いつでもスーパーに買い物に行けるわけではない。もっと規模の小さい食料品店や酒屋、近所の商店などで必要な食料を買うこともある。そういう小さな店では、販売できる健康的な食品の数量に限りがある。一方、卸業者は配送コストをおぎなうために最低注文数を設定している。この最低注文数が、各店が仕入れる数量を上回るケースが大半だ。

カストロが共同執筆した論文が間もなく『Translational Behavioral Medicine』誌に掲載されるが、その中で、食料補助金を受けている店が米農務省によって定められている在庫の最低要件を満たせるかどうかに関する研究結果がまとめられている。在庫要件は、小さい店舗で販売される健康的な食品の数量を増やすことを目指して設定されているが、研究で明らかになったのは、小さい店舗が要件を満たすのは難しい、という現状だ。

行動を起こす

カストロは、サービスが十分に行き届いていないコミュニティにおける食料へのアクセスに関する課題を調べるだけでなく、一歩踏み込んだ行動に出ることにした。そこで、地域住民が生鮮食品を手に入れられる具体的な方法を思案した。同時に、SDSUの学生たちに地域に影響を及ぼす差し迫った課題への取り組みにもっと深く関わり、学ぶ経験を積んでほしいと考えた。

そこでカストロが共同設立したのがBrightSide Produceだ。これはSDSUの学生が運営する、野菜や果物といった農産物の配送サービスで、サービスが不十分なコミュニティで小型店が直面する課題の解決を目指している。2017年6月の立ち上げ当初は、カリフォルニア州ナショナル・シティにある5つの店にサービスを提供していたが、取り扱う農産物が客に好評で、店側にとっても利益につながると評判が広がっていった。2019年9月の時点でBrightSide Produceは、ナショナル・シティにある13の店舗に生鮮食品を届けている。年末までに、サンディエゴにもサービスを拡大する予定だ。

虫に敬意を

ヘルシーで低脂肪な上に、持続可能性も高い食料源を探し求める研究者や料理人、科学者らが次に目をつけたのは何か。ピーター教授は、近いうちに米国の食卓に上がる可能性がある新たな食料源の提案を目指し、その根拠を調べているところだ。

その食料源とは、虫である。

虫を食べること(食虫習慣)は、一部のマニアックな美食家の間では流行っているのかもしれない。だが大半の人は見た目が良くないと感じているのは確かで、ヘルシーな食事を美味しそうに見せることの大切さを訴えたピーター教授による先の研究に逆行するようにも思われる。しかし他の文化で昆虫食が受け入れられていることを踏まえると、見た目の良し悪しは見る人によって変わるのかもしれない。

「アリやバッタ、コオロギ、さまざまな幼虫といった虫類は、アジアをはじめ、世界各地で低脂肪のタンパク源として食されてきました。しかし西側の国々、特に米国では、ほとんどその価値を見出されていません」とピーター教授は言う。「西欧文化では虫を食べることに抵抗がある人が多いです。しかし、実は虫はタンパク質と鉄分が豊富で、安くてサステナブルな食料源なのです」

米国のシェフやヘルシー食の愛好家は、いつか虫を美味しそうに調理できるようになるのだろうか? ピーター教授は研究を続けている。今後の展開をお楽しみに。

 

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