「やりがいのある仕事やポストに就き、長く仕事を続けていきたい」。そう思いながらも、チャンスに恵まれない、どのようにキャリアを築いていけば良いか分からないと悩んでいる人は多いのではないでしょうか。特に女性管理職の割合が、先進国の中で最低水準である日本では、女性がキャリアを築く上で課題に感じることは多いかもしれません。そこで、今回は協和キリン株式会社で働き、天職と希望のポストを手にした女性、松岡絵梨さんに自身の体験を語ってもらいました。

【インタビュイー】

松岡 絵梨(まつおか えり)

協和キリン株式会社 薬事部CMC薬事グループ マネジャー

医薬品臨床開発職を目指して入社するも、希望と異なる部署に配属

■―協和キリンに入社したきっかけを教えてください。

薬学部を卒業後、新卒で入社しました。薬学部に入ったのは、女性が自立して働くには、理系の資格を取ったほうが良いという母親のアドバイスがあったからです。入学当時は、大学病院の薬剤師や研究職に就きたいと、漠然と考えていましたが、職業体験などで様々な職種を比較検討した結果、医薬品の臨床開発の仕事に携わりたいと思うようになりました。そのため就職活動は、製薬会社とCRO(医薬品開発業務受託機関)に絞って行いました。製薬会社の臨床開発においては募集人数も少なくハードルは高かったですが、当社から内定をもらうことができました。

■―入社の決め手となった協和キリンの一番の魅力を教えてください。

就職活動当時の会社説明において、オンリーワン企業を目指し、会社としてチャレンジ精神を大切にしているという考えを聞き、深く共感したことを記憶しています。また、キリングループに属する製薬会社であるため、医薬品だけに留まらない幅広い経験を有した人達との交流ができ、広い視野で仕事に取り組めるのではないかと感じました。これは、入社後に一層感じた魅力でもあります。キリンビールやキリンビバレッジなど、グループ内の他業種で働く人と交流できる機会があることは、この会社だからこその利点だと思います。

■―入社後3年間は希望していた医薬品開発ではなく、ファーマコビジランス業務に従事されていますね。

当時ファーマコビジランス部門で初めに従事したのは、医薬品の副作用情報などをMRから収集して評価する仕事でした。医療機関へのヒアリング、より安全に使っていただくための対策の考案、PMDA(医薬品医療機器総合機構)に報告するためのレポート作成といった業務も行いました。販売する医薬品に対しても、しっかり責任を追っていくという製薬会社の使命を、業務を通して体験できたことは、今振り返れば貴重だったと思います。ただ、新薬の臨床開発に携わりたいと思って入社したので、ファーマコビジランス部門に配属されたことに最初は驚きました。3年間で、まだ一般には世に出ていない開発中の治験薬にも関わるようになりましたが、臨床開発に携わりたい気持ちは消えず、少し悶々としている部分はありました。

※Medical Representative(医薬情報担当者)。医薬品の適正使用のため、病院などの医療現場に対して情報の提供、収集、伝達等を行う。営業部門所属。

4年目に異動した部署で、天職にめぐり合う

■―4年目からは現在の薬事部に異動になっています。きっかけはあったのでしょうか。

3年目のときに、新薬のプロジェクトチームにファーマコビジランス担当として参加する機会がありました。そのとき、医薬品の承認申請に携わる薬事部の担当も参加していて、チームでプロジェクトを進めるうちに、その担当者が発信する内容や業務にとても興味を持つようになりました。製造販売承認を得るために社内の関係部署の調整、規制当局であるPMDAとのやりとりなど、プロジェクトリーダーとは違う部分でリーダーシップを取っていて、医薬品を世に出すための最後の砦という感じが魅力的に思えたのです。当時の上司に「薬事部の仕事をしてみたい」という気持ちを伝え幸運にもその希望が叶って翌年に薬事部に異動になりました。

■―入社4年目で、ようやく念願の開発業務に就くことができたのですね。

それが、実は配属されたのは、薬事部のなかでも品質にかかわる業務を担うCMC薬事というグループで、思い描いていた開発薬事の業務を行うグループではなかったのです。医薬品は、上市した後も安定して高品質を担保し、患者さんにお届けしていくために、例えばつくり方を変えたり、試験する方法を変えたりといった、生産プロセスを改良することがあります。その際は、また国の審査を受けて承認を得なければなりません。また、開発段階から上市後の安定的な供給を見据えた検討を行っていくことが必要となります。どのように申請すれば良いのか? そのための戦略をメンバーで考え、申請書類を作成し、会社の窓口として規制当局とコミュニケーションをとっていくのがCMC薬事の仕事です。上市した医薬品ばかりではなく、新薬に関わることもあるのですが、あくまで品質にフォーカスした薬事対応になるため、イメージしていた仕事とは違いました。

■―それでも、その後11年間、異動を願い出ることなく、同じ部署で仕事を続けている理由はなんですか?

品質の重要性や奥深さを知ったことが大きいですね。「医薬品は承認取得や発売がゴールではない」ということに、あらためて気づかされました。この仕事に携われたことで、高品質なものを安定的に提供することの大切さが実感でき、日々やりがいを感じています。今のCMC薬事の仕事こそが自分の天職だと思えるようになり、以前のように医薬品開発”という部分への強いこだわりはなくなりました。海外メンバーと仕事をする機会が増えるなど、仕事の幅も広がっていて、異動してから11年間ずっとやりがいを持って働けていますし、この先も続けていきたいと思っています。この仕事に出会えたことが、キャリアを形成していく上でもターニングポイントになりました。感謝すべき異動だったと思います。

20代後半で、30代のキャリア形成の目標を設定

■―キャリア形成ということでは、2022年4月に経営職に就任されました。目標にしていたのですか?

入社したころは正直自分のキャリアについて全くイメージはできていませんでした。でも、CMC薬事の仕事に出会って仕事の面白さが分かってくると、自分だけじゃなくチーム全体で力を発揮していきたい、仕事を盛り上げていきたいと思うようになりました。そのためには自分が権限のある立場に就くことが必要だと思い、20代後半のころには、30代で経営職に昇進したいという目標を持っていました。

■―目標達成のために心がけたことはありますか?

キャリアアップするためには、新たな仕事に挑戦し、自分のスキルをさらに磨くことが必要だと考えていましたので、自分がこうなりたいという思いや、やってみたいことは、上司に伝えるようにしていました。希望を言ったら必ず聞き入れてもらえるかというと、もちろんそんなことはありません。むしろ薬事部は、メンバー全員に公平にチャンスを与えようとする部署だと思います。キャリア形成に対するジェンダーギャップも感じませんでした。ただ、やはり意思表示をしておいたほうが、何か新しい仕事が舞い込んだときに、上司も考えやすいのではないかと思います。それは、自分が経営職の立場になっても思うことです。

■―上司と上手にコミュニケーションをとる秘訣はありますか?

率直に思っていることを伝えてみたら良いと思います。当社は、上司が部下に対して積極的にコミュニケーションを取ることを推進しており、私自身もつねに話しやすい雰囲気をつくってもらっていたので、思いを伝えやすかった部分はあります。ただ、どんな環境でも、部下が真剣に意見を言ってきているのに、受け止めない上司はいないように思います。普段上司と話すのが難しくても、面談したり、希望を書いて提出したりする機会があると思うので、「どうせ…」と思わずに、まずは伝えてみてはどうでしょうか。

■―キャリア形成に悩む読者にアドバイスはありますか?

長く同じ仕事を続けていると、失敗をする回数が減り安心感が増す一方で、刺激を受けることが少なくなってくると思います。そんなときに、何か違うチャレンジをしてみると、今まで全然見えてなかったものが見えるようになり、新たな自信につながります。まずは、これまで関われなかった業務に挑戦してみてはいかがでしょうか。もしその挑戦の中で、経営職に就いたほうが達成しやすいことが出てくるのであれば、キャリアアップを目標に据えて頑張ってみれば良いと思います。経営職に就くか就かないかではなく、まずは自分がどう働いていきたいかを見つめることが大切だと思います。

編集後記

順調にキャリアやスキルアップをはかってきたように見えて、実は停滞感を感じ苦しい時期もあったという松岡さん。自分の希望を積極的に伝えながらも、希望とは異なる部署への配属。しかし、そこでの業務に精力的に取り組むことで天職にたどりついた。その後に掲げた「30代で経営職に就く」という目標も見事に達成。「能動的にチャンスを得ようとする姿勢」と「与えられた環境で最大限のパフォーマンスを発揮する姿勢」のどちらもバランス良く持ち合わせていたことが、松岡さんの成功の秘訣なのだと感じました。

※協和キリンでは、管理職従業員を「経営職」と呼称します。