現在、世界には約7,000種類の「希少疾患」※1が存在するとされるが、その95%には未だ治療薬が存在しない※2。国内患者数わずか65名の進行性重度神経疾患「MECP2(エムイーシーピーツー)重複症候群」もそのひとつである。

重度の知的障害や、感染症に罹患しやすくそれを繰り返す性質、難治性のてんかん発作などを特徴とする本疾患は、常時、介助や医療的ケアを必要とするケースが多い。繰り返す感染症は時に命を脅かし、難治性のてんかん発作は患者さんと家族(介助者)の日常を徐々に蝕んでいく――

「まずはこの病気の存在をたくさんの人に知ってほしい。」そう話すのは、小学4年生になる同疾患の息子を持つ河越直美さん。MECP2重複症候群患者家族会(以下、家族会)代表として活動する彼女曰く、MECP2重複症候群の患者とその家族は、希少疾患であるが故の多くの困難を抱えているという。

今回は河越さんのご経験から、希少疾患患者と家族が直面する課題にフォーカスする。家族会を立ち上げたきっかけ、息子さんの症状と未来のこと、家族会の活動などから見えるアンメットメディカルニーズ※3とは。協和キリン株式会社ペイシェントアドボカシーチームがお話しを聞いた。

※1患者数が極めて少ないとされる疾患。日本では対象患者数が5万人未満とされる。

※2ドラッグリポジショニングで希少疾患のお薬を  加藤 珠蘭(ジェクスヴァル), アンドリュー・バクセンデール Medical Science Digest(1347-4340)45巻14号 Page872-875(2019.12)

※3いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ

<MECP2重複症候群とは?※4

X染色体上にあるMECP2遺伝子の変異(重複)により起こる進行性重度神経疾患。重複乳児期早期からの筋緊張低下、重度の知的障害、繰り返す感染症、消化器症状(重度の便秘、嘔吐、胃食道逆流)、幼児期以降の難治性てんかんを特徴とする。現在、有効な治療法はなく、対症療法と療育に頼らざるを得ない。乳児期から起こる呼吸器感染症をはじめとしたさまざまな感染症は日常生活を著しく制限し、繰り返す感染症が生命予後に関連する。2019年「小児慢性特定疾病」に指定。

※4小児慢性特定疾患情報センターより(一部改変)

画像:MECP2重複症候群患者家族会 河越直美さんとかなでさん

<出演者プロフィール>

河越直美(かわごえ なおみ)

栃木県出身。マレーシア在住中に2012年に長男を出産。2014年に長男が「MECP2重複症候群」と診断される。2016年「MECP2重複症候群患者家族会」を設立。学会での疾患周知や勉強会開催、海外の医師や家族会との交流を行うなど、精力的な活動を展開。希少疾患に焦点を当てた高校生との交流イベント「RDDきっず」がDE&I※5活動の先駆けとして全国からの注目を集める。

※5 DE &Iとは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(受容・包括)を重んじる考え方のこと

出産直後からの違和感と周囲に理解されない孤独

――はじめに、ご長男のかなでさん(10)がMECP2重複症候群と診断されるまでの経緯を教えてください。

画像:MECP2重複症候群患者家族会 河越直美さん インタビュー風景

かなでが生まれたのは2012年、私たち家族が仕事でマレーシアに在住していた時です。かなでには姉がおり、母親である私は、彼が生まれた直後から「何かが違う。」と感じていました。

しかし、マレーシアには日本のような新生児の定期検診の仕組みがありません。予防接種の際、ドクターに成長への違和感を訴えても「気にしすぎですよ。」となだめられることも。周囲に理解されない孤独と苦しみがありました。

事態が動いたのは、かなでが6ヶ月のとき。(新生児では)通常は開いているはずの頭蓋骨の大泉門※6が閉じてしまったのです。主治医からは「この子が歩けるようになるにはリハビリが必要かもしれない。」と言われました。

違和感の正体が掴めるかもしれない……。そのときは、そんな希望も相まって「リハビリをすれば歩けるんだ。」と好意的に受け取りました。しかし、帰り道に英語で伝えられた医師の言葉を頭の中で咀嚼し直してみると「歩けない可能性があるほどのことなの?」とどんどん不安が大きくなっていったのです。

※6 額の上部にある、骨と骨の継ぎ目部分。脳の大きさの成長に合わせて頭蓋骨の容積を拡大できるよう、新生児にはすき間があるが、成長とともに徐々に閉じていく。早期に閉じすぎると脳の内圧が高まり、発達に影響を及ぼす可能性がある。

画像:1歳のころのかなでさん(河越さん提供)

かなでの将来を考え、私たち家族は日本への帰国を選択しました。東京の主治医に大阪の小児専門のリハビリ病院を勧められたため、そのまま大阪に移り住むことにしたのです。

病名が判明したきっかけは、東京の主治医から勧められた遺伝子検査です。結果的に医師が疑っていた疾患ではありませんでしたが、検体提供から約1年を経てMECP2重複症候群と判明。かなでが生まれてから、約2年半もの月日が流れていました。

「私がやらなければ。」家族会発足のきっかけとなった“情報格差”

――希少疾患では、患者会がないことも多いですが、河越さんが家族会を発足するにあたって、何かきっかけがあったのでしょうか?

MECP2重複症候群の診断を受けてからは、少しでも多くの情報を集めようと必死でした。当時、本疾患に関する日本語の情報はほとんどありませんでしたが、診断から約1年後、欧米のMECP2重複症候群のFacebookグループからある英語論文※7を発見したのです。

その論文には、マウスレベルの実験において遺伝子治療によりMECP2重複症候群に関係する遺伝子変異が消失したとの報告が。将来的に遺伝子治療が可能になるかもしれない――驚きと共に希望が湧き、早速このことをインターネットを介して知り合ったMECP2重複症候群のお子さんを持つ女性に共有したのです。すると彼女は、論文の存在を今日まで知らなかったと。

※7Reversal of phenotypes in MECP2 duplication mice using genetic rescue or antisense oligonucleotides

画像:2人で絵本を楽しむ様子

こんなに大切な情報でも、言語が違うだけで当事者には届かない。情報格差をまざまざと感じた瞬間でした。MECP2重複症候群のお子さんを持つ家族は等しく、何もできない自分を悔やみ、辛さを抱えています。言語が違っても子どもの幸せを願う親の気持ちは同じはずです。

これは「私がやらなくては」と思いました。アメリカの大学に進んだ経験から、英語に覚えがあったからです。その後、WEBサイトやSNSで声かけを行い集まった6家族で2016年に発足したのが「MECP2重複症候群患者家族会」です。2022年現在では21家族23名が登録しています。

画像:河越さんの夫・義仁さんが、かなでさんにゼリーをあげている様子

希少疾患ならではの課題は山積み

――希少疾患患者と家族は、疾患の認知度が低いことで困難を抱えやすいと言われます。ご経験から感じた希少疾患ならではの課題はありますか。

まず、確定診断までにとにかく時間が掛かることです。家族会メンバーの中ではMECP2重複症候群と診断を受けるまでに、最長で30年を要したケースもあります。

希少疾患は、メジャーな疾患に比べ診断システムが体系化されていません。そのため原因が分からないまま、いくつもの医療機関を転々とすることも珍しくありません。我が家の長男かなでの場合も、確定診断までに2年半を要していますが、これでもスムーズに診断がなされた方なのです。

出典武田薬品工業株式会社「希少疾患患者を支えるエコシステムの共創に向けて 日本における希少疾患の課題」(2022/10/22参照)

また、MECP2重複症候群を含め、希少疾患には有効な治療方法が確立されていない場合が多くあります。治療の選択肢や医療機関、専門医の数も圧倒的に不足している上に、疾患の社会認知度が低く周囲に理解されにくい事からコミュニケーションに掛かる負担も膨大です。

医療費負担にも課題があります。MECP2重複症候群は2019年に「小児指定難病」に指定され、さまざまな助成の対象となりました。しかし、その上にある「難病指定」への登録は2年連続の見送りとなっています。これは18歳まであった小児慢性疾患者への医療費助成が、それ以降はなくなることを意味しています。

MECP2重複症候群は進行性の疾患であるため、年齢を重ねるにつれ症状が悪化する傾向があります。その中で従来の助成が外されるのは、患者家族にとって経済的な負担が大きいと言わざるを得ません。

家族会としては、助成の継続、そして疾患研究の漸進を目指しMECP2重複症候群の「難病指定」に今後も声を挙げ続けていきたいと考えています。

多様性のある社会を。子どもたちの未来のために

画像:MECP2重複症候群患者 家族会のメンバーと支援者の皆さん 

――患者会が存在しない希少疾病も多い中、声を上げ、組織を作ることは簡単ではなかったと思います。河越さんにとって、家族会はどのような存在なのでしょう?

発足のきっかけが遺伝子治療の研究発表だったこともあり、立ち上げ当初、家族会の目的は遺伝子研究の推進に特化するつもりでいました。しかし、活動の中で、辛い時に同じ思いをしてきた人たちと話せる、全てを説明しなくても分かり合える、そんな存在が如何に大切か実感しました。

現に今、私がここでお話していることも、自分1人では実現できなかった。いろんなご家族の話を伺い、たくさんの想いが私の中に積み重なることで、「伝えなければ」という使命感が生まれる――家族会の方々の存在があるから発信できるのです。

患者会の今後の目標3つ

画像:「MECP2重複症候群患者家族会」の活動目標 病気と向きあう人々の今を知るセミナー(2022年7月協和キリン社内開催)資料より抜粋。患者会の皆さんにより作成

――家族会としての今後の展望をお願いします。

家族会では、以下の3つを主な活動目標に掲げています。

①学会やイベント、ネット配信などを通じ疾患の社会的認知度を引き上げる

②「難病指定」を受ける

③難治性てんかん発作の治療確立を目指す

米国及び欧州など海外の患者団体の中には、直接国家レベルの組織と交渉できる発言力や研究者を募集するほどの資金力を持っているものも少なくありません。

私たちは、研究者の方々の努力により確保された予算の中で研究協力をしている段階にあります。まずは自ら資金調達機能を高め、研究者の方々に提供ができるところまで、組織として力をつけていきたいと考えています。

また、現在活動の一環として力を入れているのが、希少疾患に焦点を当てた交流イベント「RDD※8きっず」です。「RDDきっず」は、高校生を対象に、MECP2重複症候群の子どもたちと家族の日常を通じて、疾患への理解を深めてもらおうというもの。

高校としてはじめてRDDを開催した大阪明星学園明星高等学校で、2020年から毎年開催(2021・2022年はオンライン開催)しています。

※8:Rare Disease Day (世界希少・難治性疾患の日) より良い診断や治療による希少・難治性疾患の患者さんのQOL向上を目指す活動

画像:2020年RDDきっずに参加した高校生とかなでさん

このプログラムは、MECP2重複症候群やその他の希少疾患を持つ子どもと高校生が2人1組になり、約2時間ほど、子どもたちと遊んだりおやつを食べたりしながら自由に過ごすというもの。はじめに子どもの親から、我が子の性格や注意点などを話した後、親は別室に移動するので、基本的には2人でコミュニケーションを取ってもらいます。

いきなり一緒に過ごすことになり、はじめは高校生、疾患児ともにとても不安そうな表情を浮かべていました。しかし、一緒の時間を過ごして、徐々に距離は縮まっていきました。

例えば、ペアで「同じものを食べる」ことを目標に掲げたおやつの時間。この日はマドレーヌを用意しましたが、大きすぎて食べられない子には、高校生が小さくちぎって食べさせてくれました。疾患のある子供たちが普段何を食べているのか疑問に思っていた高校生たちも、「同じものを食べられるんだ!」という気づきがあったようです。

そのほかにも、それぞれのペアで独自の遊びを発明したりするなど、時間いっぱいを互いに有意義に過ごすことができました。

参加した高校生からは、「最初は、遊ばせなくてはと思っていたけれど、その子のしたいようにさせたら、一緒に楽しめた。」「はじめは少し怖いと思ったが、接するにつれ、年上年下だけの関係になった。普通に接すればいいんだと思った。」などの感想が聞かれました。

お互いを「知らない」ことで生まれた心の距離が、実際に同じ時間を過ごすことで縮まっていく様子を見て、私たち親たちも、改めて「知ってもらうこと」の大切さに気づくよい機会となりました。

社会という大きな枠組みの中でみると、まだまだ弱い立場にある希少疾患の患者と家族。だからこそ、親がいなくなった後でも障害を持つ子供たちが安心して過ごせる居場所づくりは大切だと考えています。今はまだ小さな発信ですが、私たちの活動が、一人ひとり違うことが当たり前になるような多様性のある未来につながることを願っています。

画像:2020年のRDDきっず 希少疾患家族と、大阪明星高校の先生・生徒さんたち

――最後に、製薬業界に対しての要望やメッセージをお願いします。

家族会を発足して間もない頃は、「とにかく早くよいお薬を開発して欲しい!」と思っていました。もちろん、今もその気持ちは変わりません。しかし、家族会の活動を継続する中で、患者と家族の日常に寄り添うような支援がとても重要だと気づきました。

例えば、家族会のイベントにお越しいただき、直接お話しをさせていただくこともそのひとつです。MECP2重複症候群患者・家族の思いを理解し、支えようとしてくださる人がいる。決して1人じゃないと思えることが私たち患者家族にとって、大きな心の支えになるのです。

新しい未来に向け、一歩ずつ、着実に歩んでいくために。大切なパートナーとしてこれからもよろしくお願いします。

――ありがとうございました。