2013年にスタートした「新型出生前検査」によって、お腹の中の赤ちゃんの病気や障がいの一部について、その可能性があるかどうかを望めば安全に調べられるようになりました。あるいは妊娠中の健診で、病気や障がいが見つかることもあります。その時、妊娠を中断するか継続するかを限られた時間と情報の中で決断せざるを得ない現実があります。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「-1才(うまれるまえ)のいのちに向き合うお手伝い」 

エコーでみえる胎児の様子

NPO法人「親子の未来を支える会」は、生まれつきの病気や障がいをきっかけに不安や葛藤を感じる家族を、妊娠中あるいは妊娠前から支えたいと中立的な立場での胎児ホットライン相談窓口、当事者同士が交流できるオンラインピアサポートシステム「ゆりかご」の運営などを行っています。

「出生前にできる検査のことや出生後の生活のことなど、個々の家族の不安や葛藤を理解した上で、その先の見通しを立てられるよう心がけています」と話すのは、団体代表で産婦人科医の林伸彦(はやし・のぶひこ)さん(37)。

「生まれてくる子の25人に一人は、なんらかの病気や症候群といわれています。医療技術の進歩と共に、生まれつきの病気は生まれる前にもわかるようになりました。生まれてからを支援する団体はいくつかありますが、産むかどうか迷っている時点から出産後までを連続的に支援している団体はまだ珍しいと思います」

お話をお伺いした林さん(写真右)、水戸川さん(写真左)

「お腹の赤ちゃんに何かあると分かった時、不安な気持ちを抱くのは当然のこと」と話すのは、団体理事の水戸川真由美(みとがわ・まゆみ)さん(61)。自身の脳性麻痺の娘、ダウン症のある息子の妊娠・出産・子育ての経験を通じ、家族に寄り添いたいと活動しています。

「妊娠や出産や子育てを躊躇する、養子に出す、養子をもらう、妊娠を中断する、継続する――。妊婦さんやご家族の判断、環境や思いは本当にそれぞれです。無数にある選択肢を整理して、それぞれのご家族にとって一番納得する選択をサポートすること。それが私たちの役割です」

イメージが先行した新型出生前検査

医師として胎児診療にもあたる林さん。「20人に1人以上は気になる所見を認めるため、漠然とした不安を抱えないように診療内容や結果について丁寧に相談しながら診察しています」

母体血漿中に存在する胎児DNAを測定することを目的とした「新型出生前検査(NIPT)」によって、望めばお腹の中の赤ちゃんの病気や障がいの一部を調べることができるようになりました。

「出生前検査と密接に関係するのが中絶に関する社会事情です」と林さん。

「日本では1990年代から2020年までの長い間、『生まれる前の病気や障がいを妊娠中に調べる血液検査について、命の選択につながる検査を積極的には提供しない』というスタンスでした」

「しかし2年前、厚労省の出生前検査に関する検討委員会にて、『検査について情報提供するが、それによって生まれる不安や葛藤についてはきちんと相談にのれる体制を整えよう』というスタンスに変わりました」

「今まで以上に出生前検査を知る人が増えていくと予想される中、出生前検査がどうあるべきか、命の選別につながるのではないか、また診断によって胎児の病気や障がいがわかった時に、家族や妊婦さんをどうサポートしていくのかという点に関しては、国としても動き出したばかりの状況です」

胎児ホットラインの相談員の皆さん

「NIPTは採血だけで調べられるので、この10年の間で、産科以外の認可外施設でも広がっていったという背景があります」と水戸川さん。

「そのため、出生前検査の中でNIPTばかりが一人歩きして、『胎児に病気や障がいがあるかを調べて、あったら妊娠を継続しない』といういのちを選別するための検査のようなイメージが先行しているように思います」

「出生前検査は『産むか産まないかを判断するため』という単純なものではなく、いのちへの向き合い方のひとつでしかないにもかかわらず、そこが十分に知られていません。いのちに振るいをかけるものであるという面だけが広まっていると感じますが、そのためだけの検査ではないということを伝えたいと思っています」

病気や障がいがわかった時のアフターフォローにも課題

団体が作成したブックレット。お腹の中の赤ちゃんに病気や障がいがあることがわかったお母さんに向けた「月編・星編」では、一冊のブックレットの片面が月編、反対面が星編になっており、妊娠継続と中断、二つの異なる選択肢を表裏一体の選択肢として表現。この一冊から多くのヒントを得られる。どちらもタイトルは『おなかの赤ちゃんと家族のために』

「NIPT検査を受ける前は、『異常があったら堕ろそう』と思っていても、いざ検査結果が陽性になったとき、そう簡単に決断できないという方は多くいます」と水戸川さん。

「不安な気持ちをどうにかしたい、病気や障がいのことを詳しく聞きたい、妊娠を継続するべきか中断すべきなのか、答えを出すための判断材料がほしいのに、誰にも相談できずに孤立してしまう方が少なくないのです」

「検査を受けたこと自体を誰にもいっていなかったり、当事者団体には相談しにくいという心理的なハードルから、インターネットを頼りに情報収集する方が多いようです。検索するとさまざまな情報が出てきますが、間違っているものも少なくありません」

「納得して選択できるほどの情報が十分に揃わないまま、選択を迫られてしまうこともあります。あるいは、積極的に検査を受けたわけではなく、妊婦健診で何か見つかり、一方的に障がいの可能性を伝えれてしまったということもあります。こういった方たちにとっても安心して相談できる場所であるということが、自分たちの役割だと思っています」

孤立し、限られた・偏った情報だけで産むか産まないかを決めなければならない現実

「うまれる前から会っているご家族と、今も仲良し。僕にとってこのNPOは、産婦人科医として病院勤務するのとは全然違う、もう一つの居場所です」

「お腹の中の赤ちゃんの障がいや病気がわかった時に、最初の関わりが重要です」と林さん。

「医療者からみると些細なものであって命にかかわらないものだとしても、思ってもみなかった情報を伝えられるときに家族が受けるショックは大きなものです。お腹の中の赤ちゃんの病気や障がいと一言でいっても、それは実にたくさんあります」

「病気や障がいに関する医療的なことも知りたいし、生まれた後のお金のこと、就学や就職できるのか、自立できるのか…気になることは無限に出てくるのに、それを尋ねることもままならないまま、中絶には時間的なリミットがあるので、病院からは『(産むか産まないか)明後日までに考えてきてください』などと一方的に伝えられてしまう」

「病気や障がいのある子を産んで暮らしている家族に直接に話が聞きたいと思っても、『まだ産むかどうかを迷っているのに、当事者団体に問合せるのは躊躇する』という声もあります。本当に知りたいことを知れないまま孤立し、苦しみ、自分たちが持ち得る情報だけで産むか産まないかを決断せざるを得ないということが起きているんです」

「葛藤も含め相談できる窓口であるということが、私たちの唯一無二の特徴であり、またそのニーズは、今後も増えていくのではないでしょうか」と林さん。

「社会は『産んだ人』『産まなかった人』という、二項対立での見方しかしないかもしれません。しかし実際には、妊娠継続した方も中断した方も、決断する最後の瞬間まで悩んでいます」

「相談にのっていても、最後どのような決断をするのかはなかなかわかりません。妊娠継続する方、しない方、という二つの異なる価値観の集団があるのではなく、根にある価値観は似ているけど、年齢やすでにお子さんがいるかどうかなど、環境的な要因で選択せざるを得ないところがあるように感じています」

「困った際、迷った際のヒントになれば」。ブックレットを作成

団体が作成したブックレット全5冊。お腹の中の赤ちゃんに病気や障がいがあることがわかったお母さんに向けた「月編・星編」、お父さんに向けた「山編」、きょうだいさんに向けた「花編」、おじいちゃんおばあちゃんに向けた「風編」、入門編としての「たね編」

2021年12月には、これか検査を受けようとしている、あるいはお腹の中の赤ちゃんに病気や障がいがあることがわかった当事者やお父さん、きょうだいさんやおじいちゃんおばあちゃんに向けた「胎児ホットライン ブックレット&リーフレット(全5冊)」が完成しました。

「お腹の赤ちゃんに病気や障がいがあるかもしれないと伝えられることは、多くの人にとって初めての経験です。なにを考えたらいいのか、なにを調べたらいいのか、が整理できないことも多くあります。価値観はそれぞれですが、何か気づきやヒントを得られるものになればと思い、普遍的に伝えられる内容については、ブックレットにぎゅっと押し込めました」と二人。

「妊婦さんだけでなく、パートナー、きょうだいさんやおじいちゃんおばあちゃんに向けても作成しています。置いてくださる病院も増えてきました。どんな方にも、どんな時でもすぐに見ていただけるように、ホームページからダウンロードできるようになっています」

「安心して妊娠や子育てができる社会に」

医療的ケアが必要な子どもの学校に付き添ったりと自立を支援する「学校看護師支援チーム」事業も行う。写真は就学支援の様子

「お腹の中にいる時に病気や障がいが見つかることで救えるいのちがある以上、あるいは診断されないことによって亡くなる子どものいのちがある以上、今後も出生前検査は広がっていくでしょう」と林さん。

「しかしアフターフォローも含め、検査を適切に受けられる場所も足りていないし、病気や障がいが見つかった時に相談にのってくれる窓口もまだ貧弱です。『産む・産まない、どちらの選択をしたとしても十分なサポートを得られる』ということが保証されていないと、本当の意味での中立な選択にはならないと思います」

「お腹の中の赤ちゃんに障がいがあるかもしれないとわかって、『詳しく検査したい』と伝えたら『そんなもの、受けてどうするの。堕すつもり?』とか『検査でわかってどうするの』といった心ない言葉をかけられたといったことを、少なからず耳にします。励ましたり応援することと、医療者の価値観を押し付けるのとは大きな違いがあります」

「『もしかしたら何かあるかもしれない』ということに対し、それが生まれる前であっても、一度しっかりと向き合うこと、夫婦や家族で話し合うことが、その後においても必ず力となり、礎となっていくと思います」と水戸川さん。

「妊娠を継続しない選択をした方も、あるいは生まれてすぐにお別れをしなければならなかった方も、それでもその経験がいろんなことを残してくれて、苦しかったけれども意味のある時間だったと思ってもらいたい。そのためのお手伝いができたらと思っています」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は8/1〜8/7の1週間限定で「親子の未来を支える会」とコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、活動費として活用されます。

1週間限定販売のコラボアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもパーカー、バッグなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、うまれるまえの尊いいのち、それを包むやさしい社会を星や鳥、風や山で表現しました。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

お腹の中の赤ちゃんに病気や障がいがわかった時、中立的な立場で「-1才(うまれるまえ)のいのち」と向き合う家族をサポート〜 NPO法人親子の未来を支える会

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は7,000万円を突破しました。

ホームページはこちら
facebookはこちら
twitterはこちら
Instagramはこちら

この記事は、株式会社オルタナ『オルタナS/執筆:山本めぐみ』(初出日:2022年8月1日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、にお願いいたします。