インド洋に浮かぶモーリシャス島にあるアフリカリーダーシップ大学(ALU)。広大な敷地には近代的な建物が並び、広々としたカフェテリアではバックパックを背負った若者たちがインスタグラムのフィードをスクロールしている。世界中のどの大学でも見られる光景だ。しかし図書館だけは例外だろう。ここには書物や知識を集めた静かな神殿はない。ALUの図書館は、「純粋な学習ライブラリ(Pure Learning Library)」と呼ばれ、本を一冊も所蔵していない。その代わりに、活気溢れる学生たちがテーブルを囲み、解決策を叫んだり、壁に貼られたホワイトボードに夢中で図を描いたり、アイデアを競い合ったりするガヤガヤとした声が響いている。「ここでは静かにすることがそれほど推奨されていないんです」と、ナイジェリア出身でコンピューター・サイエンスを専攻する2年生ジェレミア・ナディは肩をすくめる。「私たちは、仲間からの学びこそが最善の方法だと信じています。試験に合格するためだけに丸暗記した知識を鵜呑みにしたところで、アフリカの問題を解決することにはなりませんからね」
本ならキャンパスの図書館以外の場所にあるが、アフリカの次世代リーダーを教育するALUのアプローチは、かつて見本とした伝統的な西洋の大学とは、目指すところからして大きく異なるようだ。ガーナで生まれ、スタンフォードビジネススクールで学んだ経験を持つ起業家フレッド・スワニカーは、2015年にモーリシャスでALUを開校した際、アフリカで同じような大学を25校作り、今後50年間で300万人のアフリカの若いリーダーを育成することを約束した。1期生としてアフリカ大陸の40カ国以上から集まった79名は、2019年6月12日、無事卒業を迎えた。
モーリシャスにあるALUのキャンパス
スワニカーにとって、今回の1期生の卒業は、アフリカという独特の環境において、新しい世代向けの教育を新たに作り出すための野心的なプログラムの最初のマイルストーンとなる。同時に、ALUは、彼が最初にアフリカの教育をゼロから作り変えようとしたときに生じた予期せぬ問題に対する解決策でもある。2008年、スワニカーはヨハネスブルグに「アフリカリーダーシップアカデミー」を開設した。このアカデミーでは、大陸各地から高校生を集め、世界で最も優れた大学への入学に備えることを目指した。しかし、学生はいったんアイビーリーグやヨーロッパの大学に入学すると戻ってくることはほとんどなかった。スワニカーはこう言っている。「自分がアフリカの頭脳流出を後押ししてしまっていることに気づいたのです。アフリカにもスタンフォード大学やMIT、ハーバード大学を作る時がきたと思いました。しかし、これまでにあった大学を再現するのではなく、未来を見据えて、アフリカが必要としているリーダーを育成するための大学を作るべきだと考えたのです」
2019年4月23日、ニューヨーク市のジャズ・アット・リンカーン・センターで行われた TIME 100 Gala 2019 Dinnerに参加したフレッド・スワニカー
モーリシャスのキャンパスでは、355人の学生が寮で生活するレジデンシャルプログラムを実施し、グループ学習とアフリカ特有のリーダーシップ事例学習に力を入れている。それぞれの教室には、アフリカの有名な指導者や芸術家の名前が付けられている。マリのティンブクトゥにある世界最古の大学をその名に持つサンコール棟の教室は、エチオピア出身のマラソン選手ハイレ・ゲブレセラシェ、国連事務総長を務めたブトロス・ブトロス=ガーリ、南アフリカの作家ベッシー・ヘッドにちなんだ名前が付けられている。教職員用ラウンジは南アフリカの反アパルトヘイト活動家スティーブ・ビコの名、4つの寮は、アクスム、コンゴ、ソンガイなどアフリカの偉大な王国の名で呼ばれている。カフェテリアでもアフリカ全土の郷土料理を提供することを目指しているが、コンピューター・サイエンスを学ぶナディは、ここで食べられる故郷ナイジェリアの国民食ジョロフライスは「かなり改善が必要」だと言う。
カフェテリアの食事についての苦情は大学ではよくあることだが、ALUの真価は教育プログラムにある。ALUでは、入学初日から実社会での問題解決を重視する。まず学生たちには、気候変動から医療、教育、都市の成長、移民に至るまで、アフリカ諸国が現在直面する課題のリストが提示される。最初の1年で、課題の調査、クラスメイトや教師、外部の専門家らとの議論、具体的な解決策の提示などを行う。21世紀のリーダーを育成することは、いわゆる学業にとどまらないとスワニカーは言う。「つまり、知識の受け売りではなく、学び方を学び、問題解決ができる人材を生み出すということです。そのためには、批判的思考やリーダーシップ、コミュニケーション、起業家精神、データ分析といった極めて重要なスキルを身につけなければなりません。それこそ、アフリカを良くするために必要なことなのです」
ここの学生は専攻(majors)の代わりに使命(missions)を持つ。昨年の例では、ある学生がモーリシャス島の野良犬のためのシェルターを設立し、資金調達も行った。別のチームは、キャンパスから町への交通システムを開発。これは、大学を囲む一面のサトウキビ畑を抜けて、もっと活気のある場所に行きたいと願う仲間たちにとって不可欠なものだった。グループワークが推奨されるのは、リーダーシップスキルを培うためだと20歳のナディは言う。「ここから実社会に出れば、対処できない問題などないと感じます。責任回避、けんか、紛争など、あらゆることを経験していますから」
モーリシャスのALUの学生
ALUでは夏期のインターンシップが必須だ。インターン先の厳密な調査や応募プロセスを通して大学が学生を指導する。卒業までに、ほとんどの学生がアフリカで1年以上の実務経験を積むことになる。さらに、多くの仕事に応募した経験は、実社会で有利なスタートを切ることにつながる。ナディはこの夏、2つのインターンシップを予定している。1つはルワンダのキガリ銀行でモバイルバンキングのオンラインプラットフォームの開発に携わる。もう1つのインターンでは故郷のナイジェリアに戻る。新しい学年が始まる前にジョロフライスをお腹いっぱい食べられるから、というのがその大きな理由だと彼は認める。
学生生活を通じて問題解決に一点集中することにより、就職活動からアフリカ大陸の最重要課題への取り組みまで、卒業生の進む先に何があろうともしっかりと備えられる。しかし、ALUでの経験が故郷への帰還をかえって難しくしているケースもある。例えば、ボツワナ出身のカオネ・トラガエ(25歳)は「家を離れるときは、卒業したら故郷に戻り、変革を起こしたいと思っていました。でも、アフリカの他の国には何があるのか、そこにどんな機会があるのかを知った今では、故郷に戻ることが私にとって最善の選択かどうか確信が持てません」と言う。おそらく、ケニアで働くことを考えつつも、彼女は罪悪感にさいなまれているのだろう。ALUもやはり、人材流出を止めることはできないのだろうか。
スワニカーはこれに反論する。ALUの目的は、出身国だけでなく、アフリカ全体の問題を解決するために育成されたリーダーや起業家のグループを作ることだと彼は主張する。「大陸規模で考え、大陸全土にネットワークを持ち、アフリカのニーズに合ったビジネスを構築し、経済を成長させ、貿易を促進できるアフリカの若者たちを求めているのです」。これは人材流出ではなく、相互作用を生むこと、と彼は言う。「ボツワナ出身の人がジンバブエでプロジェクトを展開することもあれば、ボツワナにチャンスを見出すジンバブエ出身の人もいるはずです」。要するに、他の人が見逃していたところに機会を見出すことこそが起業家精神の主軸をなすのである。
この記事は、TIMEのアリン・ベイカー(モーリシャス)が執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。