SDGsのゴールのひとつ「ジェンダー平等を実現しよう」。日本は女性の社会進出が遅れており、国会議員や企業の管理職などに女性が占める割合が低い。その裏側には性別役割分業の意識が根強く、家事・育児の負担が女性に偏っている現状がある。象徴的な数字は、育児休業(以下、育休)の取得率。女性の81.6%に対して、男性は12.7%と低水準だ。法整備が進む一方で「男性は育休を取りづらい」という企業も多いだろう。そこで今回は協和キリン株式会社の実例を紹介したい。昨年に3ヵ月間の育休を取得した水村拓也さん、当時の上司である西村晃一郎さんに話を聞いた。

【話を聞いた2名】

水村 拓也(みずむら たくや)

協和キリン株式会社 生産本部 バイオ生産技術研究所 品質物性グループ

2017年入社。チームのリーダーとして、医薬品の品質を確認するための分析法を研究開発している。

西村 晃一郎(にしむら こういちろう)

協和キリン株式会社 生産本部 CMC研究センター 分析1G グループ長

1997年入社。2022年3月末まで、バイオ生産技術研究所の品質物性グループにてグループ長(水村氏の上長)を務める。2022年4月より現職。

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画像;西村晃一郎(左)、水村拓也(右)

育児「参加」ではなく、自分自身が子育てをしたい

―「育休を取ろう」と考えた理由を教えてください。

水村:コロナ禍がきっかけでした。妻が里帰り出産をすれば、ワンオペ育児は防げます。しかし、さまざまなリスクを考慮すると、県外の産科に通うのは難しい状況でした。

また、私は仕事も一生懸命やりたいし、プライベートにも時間をかけたい。育児参加ではなく、自分自身が子育てをしたい。そのなかで「3ヵ月間の育休取得」が最善の選択と考えました。

―奥さんの反応はいかがでしたか?

水村:とても喜んでくれましたが、同時にびっくりもされましたね。そして、育休中の収入や将来のキャリアなど、私以上に心配してくれました。でも「育児休業給付金」を受給すれば、収入についてはある程度カバーできる。今後のキャリアへの影響はわからないが、これからの時代に育休による長期休暇の経験は必ず活きる、と前向きにとらえている。そして何より、家族以上に大切なものはない。そんなふうに説明して、妻に納得してもらいました。

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―その後、上司の西村さんに意向を伝えたわけですね。

水村:はい。安定期に入った昨年5月頃、育休取得を申し出ました。

西村:少々驚きましたが、違和感は覚えませんでした。水村さんが家庭を大事にしているのは知っていたし、当社には出産・育児などをサポートする各種制度もあるからです。私の若い頃とは、時代が変わりました。

水村:育休取得時の業務の引継ぎなどについて、西村さんは親身に考えてくれました。育休を取らせないようなプレッシャーは皆無です。

―一般的に育休を取得しづらい要因として職場の「人手不足」や「雰囲気」があげられます。そのあたりの懸念はありませんでしたか?

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西村:もちろん、メンバーがひとり減るのは痛手です。当時の水村さんは多くの業務を抱えながら、研究所のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していました。それを3ヵ月間ストップさせるわけにはいきません。グループのDX業務は水村さんと一緒に頑張っていたメンバーに引き取ってもらい、他のプロジェクトは別のメンバーに割り振りました。

水村:嫌な顔ひとつせず、業務を引き継いでくれたメンバーには本当に感謝しています。職場全体としても肯定的な反応ばかりでした。

周囲からの期待を一身に受けて実感した“子育ての喜び”

―職場のみなさんの反応について、具体的に教えてください。

西村:特に女性メンバーからの高い支持が印象に残っています。社内コミュニケーションツールで育休取得を発表したところ、水村さんのメッセージに大量の「いいね!」がつきました。

水村:「おめでとう」「がんばってね」など、お祝いや激励の言葉をもらいました。子育てを経験した先輩からは、具体的なアドバイスもいただいて。本当に職場に恵まれました。

びっくりしたのは後輩の反応です。20代の男性社員から「良い前例になってください」とメッセージをもらいました。当時の私は31歳。ロールモデルのように期待されていることを、はじめて自覚しました。

―その後の引継ぎは円滑に進みましたか?

水村:はい。昨年8月に引継ぎを行い、翌月から育休に入りました。

西村:私たちのグループは女性メンバーも多く、つねに誰かが育休を取得しているような職場です。だから、業務の引継ぎや分担は日常茶飯事。対象が男性に変わっただけなので、問題は生じません。

―育休中の過ごし方を聞かせてください。

水村:さすがに授乳はできませんが、おむつを替えたりミルクをあげたり、育児だけでなく家事についてもできることは何でもやりました。難産だったので、「奥さんに無理をさせてはいけない」という医師の指導を受け、特に新生児期は妻の回復を重視したからです。

そして‟育児は本当に大変で、でも本当に幸せ”だと実感しました。子どもがかわいいのは間違いないのですが、それで疲れが吹き飛ぶわけではありません。たとえば、授乳は3時間おき、おむつ交換はそれ以上の頻度で必要なので、睡眠が細切れになる。夫婦で分担しなければ、休む間もなかったでしょう。

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画像;育児中の様子

育休取得のカギは社内制度と企業文化

―育休を取得して正解でしたか?

水村:はい。初めての育児はすべて手探り。夫婦で相談しながら大変な時期を一緒に乗り越えることができ、非常にかけがえのない時間を過ごすことができました。もともと夫婦仲は良好でしたが、日々子どもの成長を喜びながら忙しく過ごすうち、より絆が強くなりました。

あっという間に育休は過ぎましたが、育休期間中に家事・育児のスキルが相当上達しました。今では冷蔵庫にある物をみつくろって、ササッと料理が作れますよ。

-仕事と育児を両立できている理由は何でしょうか。

水村:育児時間の確保という面では、在宅勤務が行えたり裁量労働制で働けたりすることです。1週間に在宅勤務が2日、出勤が3日ほど。できるだけ早く帰宅して、家事・育児が行えています。

西村:裁量労働制は労働時間の縛りがないので、柔軟な働き方が可能です。また、業務外の時間をより柔軟に利用できる在宅勤務のほか、短時間勤務制度やフレックス制度を活用する社員も多いです。

水村:子どもが1歳になったら、保育園に預ける予定です。そのタイミングで妻も復職。来年には職場の敷地内(勤務地のバイオ生産技術研究所)に保育施設ができると聞いたので、楽しみにしています。

―「男女問わず、望む人が育休を取得しやすい環境」をつくるには、何が必要でしょう?

水村:社内制度と職場環境だと思います。後者を言い換えると、男性の育休取得が許容される企業文化です。当社には、これらの要素が整ってきている状況です。

とはいえ、社外ではポジティブな反応ばかりではありませんでした。たとえば、子どもを病院に連れていくと「お母さんじゃないんですね」と驚かれる。「育児の主役は母親」という固定観念はまだまだ強く、ジェンダー平等への課題は根深いと肌で感じました。

西村:職場環境においては、上司と部下の日常的なコミュニケーションも大切です。品質物性グループでは毎月1回の個別面談を行い、相談しやすい雰囲気をつくっています。もしもコミュニケーション不足で信頼関係がなかったら、育休取得を言い出しづらいかもしれません。

その点、水村さんは当事者の気持ちがわかる。きっと将来は相談しやすい上司になるでしょう。