奴隷制度は、人類史における歴史の一部である、というイメージをもつ方も少なくないだろう。しかし、奴隷制度は過去のものではなく、現在も世界各地に残り続けている。

現代における奴隷制度は、従来の定型的な奴隷のイメージに必ずしも当てはまるものではなく、第三者も当人も気づきにくいのが特徴だ。

ここでは世界各地にはびこる現代ならではの奴隷制度、「現代奴隷制」の実態および改善に向けた国際的な取り組みを解説していく。

「現代奴隷制」とは

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現状、奴隷制の法的な定義は存在しない。概念としては、脅威、暴力、強要、欺瞞、権力乱用といった圧力を拒絶することも、離脱することもできないような『搾取状態』のことを指している。

具体的には、現代奴隷制には『強制労働』や『強制結婚』などが代表的だ。他には地域ならではの慣行や、人身取引などがあげられる。

奴隷という名称を使用せず、実質的な隷属状態にされている事実は、近年国際的な取り組みとして注目されているSDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標 )目標8のターゲットに設定されている。

なお、SDGsの目標8については下記記事で詳述している。あわせて読んでいただきたい。

>>「SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」とは?

「強制労働」「強制結婚」の現状

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国際労働機関(ILO: International Labour Organization)が公開した資料によると、2016年時点で現在奴隷制の被害者は、約4,030万人におよぶ。

出典:現代奴隷制の世界推計

現代奴隷制の被害は主に、前述した「強制労働」「強制結婚」である。強制労働とは逃げられず、権利を主張することもできない状況下で、過酷な労働を強制されている状態のことだ。

残業や休日出勤が多いというものではなく、劣悪な環境および条件の中で働かされていることが特徴だ。

一方、強制結婚とは、本人の意思に関係なく両親などの身内が結婚を決めることであり、その実態は人身取引に該当する。

被害者の多くは女性だが、子どもであるケースが多いのも強制結婚の特徴だ。被害者の女性および少女は、全体の88%を超えている。婚姻時の年齢は、全体の37%が18歳未満であった。

この項目では、主に「強制労働」と「強制結婚」の実態を紹介していく。

強制労働の実態

国際労働機関の調査によると、約2,490万人が強制労働の被害者であると推計されている。また、そのうち約1,600万人が民間経済で働き、約480万人が強制的な性的搾取状態にあり、更に約410万人は国家当局により強制労働を強いられている状態だ。

割合としては、以下のとおり男性よりも女性のほうが多いことが分かっている。

・民間経済:男性は約680万人、女性は約920万人

・性的搾取:99%が未成年を含めた女性

なぜ、強制労働が起こるのか。その理由のひとつとして、債務奴隷の存在があげられる。借金を理由に強制労働させられる者を債務奴隷と呼び、民間主体で引き起こされているものの中には、工場など企業だけではなく、家庭内の強制労働も含まれている。

強制労働で代表的なものといえば、発展途上国や超大国を中心に存在するスウェットショップが該当するだろう。スウェットショップ(Sweatshop:搾取工場)とはまさに前述のとおり、劣悪な労働環境や条件の中で強制労働させられる工場のことだ。

米国の定義としては、強制労働、児童労働、セクハラ、パワハラ、低賃金、長時間労働など、労働法規に違反している工場とされている。

強制結婚の実態

強制結婚の問題点は、本人の合意なしに結婚を強制されることに加えて、年齢も考慮されないことがあげられる。2016年時点で、約1,540万人が強制結婚した家庭で暮らしている。

強制結婚は世界各地で行われており、人口1,000人あたりの割合で見ると、最も高い地域はアフリカだが、次いでアジア太平洋の国々も名を連ねている。

強制結婚ひいては児童婚が頻発する理由としては、貧困問題があげられる。内戦や紛争、政府の腐敗によって雇用が生まれない地域では、働くこともできず、我が子を売買して強制結婚させることで生活費を得ている家庭が少なくない。

関連記事:新型コロナで結婚に追いこまれる少女たち

現代奴隷制に対する国際的な取り組み

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現代奴隷制は、世界各地で問題視されている。SDGsの目標にも関連しており、国際的な取り組みも行われ始めた。

ここでは現代奴隷制に対する国際的な取り組みとして、代表的な3つの条約を紹介する。

1930年の強制労働条約

正式名称は「強制労働に関する条約」であり、1930年6月28日に採択された、現在も通用する最新の条約かつ基本条約のひとつ。すべての強制労働を国や地域を問わず、可能な限り短期間のうちに廃止することを目的としている。

この条約における強制労働とは、処罰の脅威によって強制されたものなど、本人が任意に申し出たものでないすべての労働を含む。

1957年の強制労働廃止条約

正式名称は「強制労働の廃止に関する条約」で、先に取り決められた1930年の強制労働条約を補強、補完する内容である。

この条約で強制労働に該当するとされている手段、制裁、方法は、以下のいずれかに当てはまるもの。

a.政治的な圧制もしくは教育の手段、または政治的な見解もしくは既存の政治的・社会的もしくは経済的制度に思想的に反対する見解を抱き、もしくは発表することに対する制裁b.経済的発展の目的のために、労働力を動員し利用する方法

c.労働規律の手段

d.ストライキに参加したことに対する制裁

e.人種的・社会的・国民的または宗教的差別待遇の手段

(引用:国際労務機関より)

強制労働廃止条約に批准した国は、強制労働を即刻かつ完全に廃止することに効果的といえる措置を行わなくてはならない。

1930年の強制労働条約の2014年の議定書

正式名称も同じく「1930年の強制労働条約の2014年の議定書」である。1930年に採択された条約を、人身取引など、現代の問題に対応できるよう、アップグレードの目的で採択されたものだ。

「1930年の強制労働条約の2014年の議定書」に批准する国に対して、以下のような国際的問題に対する実効的な措置を講じることを求めている。

・強制労働の防止
・使用の撤廃
・被害者保護
・補填などの救済を得る機会の提供
・加害者の制裁

アフリカなど発展途上国に加えて、フランスや英国といった先進国も批准国に含まれるが、現時点では日本は未批准である。

現代奴隷制や強制労働に対する日本企業の取組事例

一部の条約に未批准な日本だが、民間レベルで見ると強制労働をはじめ多くの現代奴隷制に対する取り組みがなされている。

最後に、日本企業が日々行っている、現代奴隷制や強制労働などの問題に対する取り組みを2例紹介する。

ANAホールディングス株式会社

ANAホールディングス株式会社では、ビジネス、人権を含めたサステナビリティに関する取組を積極的に行っている。

NGOや外部有識者との連携をしながら、国連のビジネスと人権に関する指導原則に沿って、人権方針を策定し、公表。

2016年には、自社事業の人権への影響度評価を行う、人権インパクトアセスメントを実施した。

2018年には日本ではじめて「人権報告書」を発行。経営トップを中心とした人権対応は、世界からも高い評価を得ている。

AIG損害保険株式会社

AIG損害保険株式会社では、「The Best Place to Work」を掲げ、望まない転勤の廃止を行っている。従業員にヒアリングを実施して、希望する勤務地で働くことができるよう、仕組みづくりをしているのだ。

望まない転勤を避けることで、家族や友人と共に充実した人生を築くことができ、仕事に対しても最大限の力を発揮、長期的なキャリアを築けるという考えから取り組みが行われている。

また、LGBTへの理解によって働きやすい環境を整えている。

2016年には従業員によるネットワーキング・グループLGBT & Allies Rainbow ERGを発足。

役員向けにはLGBTへの理解を深めるための研修の実施、従業員に向けてメッセージの配信を行った。

さらに、福利厚生には「同性婚」も追加。結婚祝い金や結婚式休暇などが、同性婚の場合にも平等に適用される。

まとめ

現代もなお奴隷制度は根強く残り続けている。代表的な強制労働や強制結婚の被害は、根本を辿れば貧困問題にあるといえるだろう。日々の生活費を得るために借金をしたり我が子を人身取引したりした結果、債務労働としての強制労働や、幼い子どもが強制結婚させられる問題に発展していく。

現代奴隷制は発展途上国だけの問題ではなく、該当地域の工場で製品を生産している先進国の企業にもおよぶ。深く根を張った国際的問題である現代奴隷制を解決するためには、消費者側にある国や企業も積極的に課題解決へ向き合うことが重要だ。