近年、水質汚染による海洋汚染や生活用水の確保が困難になるなど、世界規模で水環境の改善に向けた取り組みが進められている。

水は生命活動に欠かせないものであり、水質汚染は健康被害や、生態系への影響も懸念される重大な課題のひとつだ。

水質汚染の課題解決に向けて、カギを握っているのが「SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標 )」の達成だといわれている。では、私たちが身近な工夫として水質汚染対策のために、SDGs達成に向けて貢献できることはあるのだろうか。

今回は、水質汚染の原因や深刻な影響と課題、そして水環境改善のカギを握るSDGsの達成目標と、私たちに今できることについて紹介していく。

水質汚染の主な原因

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水環境改善のためには、原因を認識したうえで対策を講じることが重要だ。まずは、水質汚染の主な原因について解説する。

産業排水

水質汚染の原因のひとつが、工場や農場などから出る「産業排水」だ。日本では、かつて産業排水に含まれる有害物質が原因で、深刻な公害などの社会問題が発生していた。

健康被害による訴訟問題にまで発展した重大な問題として、国は昭和45年に「水質汚濁防止法」を制定する形で対策を講じている。

そのため、現在では産業排水には厳しい規定が設けられており、事業者は有害物質の除去をして排水を行っている。

しかし、世界規模で見れば産業排水による水質汚染はいまだ深刻な課題であり、私たちもつねに関心をもち続けることが重要だ。

生活排水

生活排水は、家庭生活で排出される水で「生活雑水」と「し尿」の2種類に大別される。生活雑水とは、キッチンや風呂、洗濯などで出る排水のことを指す。トイレから出る排水は「し尿」となり、これらを合わせて「生活排水」と呼ぶ。

日本では、産業排水については法規制によって厳しく制限された。そのため、現在では日本の水質汚染の主な原因は、生活排水が占めている。

東京都内の例では、川や海に流される排水による汚濁の70%以上は生活排水に起因しており、私たちの生活に身近な問題として捉えるべきだろう。

生活排水によって汚染された水を魚が棲める水質に戻すには、どれほどの水が必要になるのだろうか。

天ぷら油、マヨネーズ、煮物汁、シャンプーといったものを流したときに必要とされる水の量の目安は以下のとおりだ。

品名 量(ml) 魚が棲める水質にするために必要な水の量

(バスタブ(300ℓ)何杯分)

天ぷら油 500 560
マヨネーズ 15 13
煮物汁(肉じゃが) 100 3.5
米のとぎ汁(1回目) 750 0.9
シャンプー 6 1.6
台所用洗剤 1 0.5
洗濯用合成洗剤(粉末・無りん) 30g 6.7

出典:「とりもどそう わたしたちの川を海を」(東京都環境局)

普段の生活で、何気なく流しているものも水の汚染につながっている。また、それをきれいにするには大量の水が必要とされることが分かる。

気候変動

気候変動にともなう気温上昇や渇水、豪雨の増加なども、水質汚染に影響を及ぼしている。公共用水域(公共に使用される河川や湖沼、湖畔や海域など)における、水中低層の溶存酸素濃度の低下による水質悪化や、湖沼でのアオコの異常発生などだ。

溶存酸素濃度とは、大気中から水に溶け込んでいる酸素量のことで、濃度が低下すると水棲生物が窒息死するなど生態系にも影響を及ぼす。

すると、好気性微生物(酸素量が多い環境下で活性化する微生物)の活動低下によって、分解活動などの自浄作用が損なわれてしまう要因になる。

気候変動は、地球温暖化による影響も問題視されており、温室効果ガス削減などへの取り組みも必要だ。

水質汚染が引き起こす深刻な問題

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水質汚染によって引き起こされるさまざまな影響は、世界各国で深刻な問題となっている。ここからは、水質汚染によって問題視されている影響について紹介する。

生態系に深刻な影響を与える

水質汚染は、水棲生物やそれを捕食している多くの野生生物などの生態系に深刻な影響を与えている。

水質汚染によって、水棲生物が減少すれば捕食している生物も餌が取れなくなり、捕食生物までもが減少するためだ。結果的に多くの野生生物が絶滅の危機に追い込まれ、生物の多様性をも阻害する要因になる。

また、水質汚染は、人間の生活に必要な水資源の減少にもつながる重大な問題だ。魚介類などの海産物獲得量減少による、食の問題にも影響は大きい。

つまり、水質汚染の改善は、生態系の維持、ひいては世界中の人々の食生活にも関わる重要な課題のひとつだといえるだろう。

人々の健康をおびやかす

水質汚染は、人々の健康をおびやかす問題にも直結する。たとえば、水質汚染が進むことで不衛生な水環境へとつながり、汚染された水を飲料水として摂取すると健康被害を引き起こす。

現在でも一部の途上国などでは、水道施設や浄化施設の整備が進んでおらず、重篤な感染症を引き起こす原因となっている。

手洗いなどの基本的な衛生対策を行うには安全な水が必要であり、水道設備や浄化施設の整備は健康維持にも欠かせないものだ。

健康被害を防ぎ、安全な水の安定供給を実現するためには、生活排水を可能な限りきれいな状態で流すなどの対策も必要になるだろう。

水質汚染改善のカギを握るのは「SDGs」

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水質汚染を防ぐうえで、カギを握るのは「SDGs」の達成だ。SDGsとは、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)のことで、世界規模で発生しているさまざまな問題解決に向けて、多くの国で掲げられている目標だ。

SDGsは、2015年の国連サミットで採択され、掲げられた目標は17に分類されている。その中には水質汚染に関する内容も含まれており、目標6「安全な水とトイレをみんなに」と目標14「海の豊かさを守ろう」は、とくに関わりが深い。

水質汚染に関するSDGsの目標について、より詳しい内容は以下で取り上げているので参考にして欲しい。

>>SDGsの目標6「安全な水とトイレをみんなに」の取り組み内容

>>SDGs14【海の豊かさを守ろう】の目標を詳しく解説

水質汚染改善に向けた日本の取り組み

ここからは、水質保全のために実施されている日本の取り組みについて紹介しよう。

全国一律の排水基準を定める

現在の日本で水質汚染改善の基本的な枠組みとなっているのが「水質汚濁防止法」である。排水基準を遵守するための規制が不十分だった水質二法を踏まえて、1970年に定められた。

水質汚濁防止法では、工場・事業場(特定事業場)から公共用水域への排出水に対して全国一律の排水基準を定めている。

また、都道府県は条例を制定することで、全国一律の基準よりもさらに厳しい排水基準を定めることが可能となった。これには、汚濁発生源が集中する場所での水質汚濁を抑える狙いがある。

基準に適合しない排出水を流した事業者に対しては、懲役または罰金が科せられる。加えて、事業者には排出水の濃度を測定することが義務付けられているため、水質汚濁防止法は強制力をもった法律といえるだろう。

水質保全が必要な湖沼を「指定湖沼」に指定

湖沼は水の環境循環が起こりにくく汚濁物質が蓄積しやすいため、水質汚濁防止法だけでは十分な水質保全は難しい。

そこで、1984年に「湖沼水質保全特別措置法」が制定され、水質保全が必要な11の湖沼を「指定湖沼」に指定して水質の改善が図られてきた。

指定湖沼がある府県では、COD(Chemical Oxygen Demand=湖沼と海の汚れの指標)・窒素・りんの負荷量規制、下水道・浄化槽の整備、底泥の浚渫(※)などの施策を推進している。

そのなかでもユニークな取り組みをしているのが、指定湖沼である宍道湖・中海を管理している島根県だ。

島根県では湖沼環境を評価する指標として、CODなどの化学的指標から人の五感をものさしとした指標に変更している。湖水の澄み具合やごみの多さ、景観、音、臭い、魚介類、湖水の感触などから湖沼環境を評価しているのだ。

2004年からは湖沼環境の調査を実施するためにモニターを募集し、県民にも関心を深めてもらう機会を提供している。

※浚渫…海や河川、湖沼、ダム湖などに堆積している土砂や汚泥を機械的に除去すること

水の日・水の週間の制定

2014年に施行された水循環基本法によって、8月1日は「水の日」、8月1~7日が「水の週間」として制定された。

水の日と水の週間は、水資源は有限で貴重なことや水資源を開発していくことの大切さを国民に理解してもらうことを目的として定められている。その目的を達成するために、水の日と水の週間には、講演会やワークショップなどさまざまなイベントが開催されている。

国土交通省では、ポケットモンスターのシャワーズを「水の日」応援大使に任命するなどして、より多くの人の関心をもってもらうための工夫を行っている。

水質汚染改善に向けた企業の取り組み

水質汚染改善を目指し、各企業はどのような取り組みを行っているのだろうか。ここでは、キッコーマンと協和キリンの例を紹介する。

キッコーマン

キッコーマンでは、水の有効活用と水質保全に取り組んできた。

キッコーマングループの工場では、生産活動にともなう用水の使用量を測定し、用水量を管理するなどして用水使用量の効率的な削減を目指している。

千葉県にあるキッコーマン食品野田工場製造第1部では、しょうゆ麹を作る際の加湿方法などを見直した結果、用水使用量を年間約22,320㎥減らすことができた。

また、排出水についても法定基準よりも厳しい基準を設定し、場内に排水処理施設を設置するなどして、工場周辺の水質保全に努めている。

加えて、排水処理施設から排出される水を洗浄用に再利用することも行っており、洗浄用水の使用量削減も実現した。

協和キリン

協和キリンでも、事業活動を通じて水資源保全や水質汚濁防止へ取り組んでいる。

・水資源保全への取り組み

製造工程における水使用量の削減を進めており、具体的な節水活動を推進する指標として「2030年度水使用量を2015年度比30%削減、36,926千m3以下」を掲げている。

・水質汚濁防止への取り組み

製造プロセスの改良や排水処理施設への設備投資を積極的に行うことで、排水から含金属排水を抜き取るなど、水質汚濁防止に努めている。

そのほか、キリングループとして「水のめぐみを守る活動」を2007年度から展開しており、主力工場のある群馬県で環境保全活動にも取り組んでいる。協和キリンが行っているCSV経営について、詳しくはこちらで紹介している。

水質汚染による課題解決には、SDGsの達成に向けて、企業単位での取り組みだけでなく個々人でできることを考えて、行動を起こすことが重要だ。

個人でできる水質汚染対策

水質汚染対策は国を挙げて取り組むべき課題であり、政府や企業はもちろん、個人レベルから取り組むことが大切だ。

個人でできる水質汚染対策は数多くある。自分にできる身近な取り組みからはじめてみると良いだろう。個人でできる水質汚染対策の例には、以下のようなものがある。

・生活排水の量を減らす

・米のとぎ汁は植木の水やりなどに再利用する

・できるだけ油や調理くずを排水溝に流さない

・洗濯の際に糸くずフィルターを付ける

・洗剤類は生分解性の高い石けんや無リン洗剤を使用する

・シャンプー、リンス、洗濯洗剤などは適量を守る

・トイレはこまめに掃除することで、洗剤の使用料を減らす

・河川に家庭から出る排水やゴミを捨てない

また、水質汚染対策やSDGsの達成に向けて、取り組んでいる企業の商品やサービスを積極的に利用するのも方法のひとつだ。

私たち一人ひとりが問題に意識を向け、少しずつ身近なところから水質汚染対策を実践することで、地域や国、世界規模での問題解決につながるだろう。

まとめ

水質汚染は、私たちにとって身近な社会問題のひとつであり、途上国だけの課題ではない。今後水質汚染による課題解決に向けた取り組みを進めていかなければ、私たちの食や衛生環境などにも影響しかねない大きな問題となる可能性がある。

国や自治体、企業の取り組みについて目を向け、個人にできることを意識しながら、生活の中で取り入れられる対策に着手してみてはいかがだろうか。