大小問わずさまざまなブランドが障害に配慮したファッションを作ろうとしているが、いまだ市場規模は小さく、消費者のニーズに十分応えられていない。
体を締めつけるコルセットから靴ずれ必至の高さ15センチのヒールまで、よく言われる「おしゃれに苦労はつきもの」という一言に、人類は何百年も悩まされてきた(とはいえ、コロナ渦でそういったファッションを購入する人も減ってきているかもしれないが)。でももし、何でもないシンプルな服が日常生活に支障をきたすものだったとしたらどうだろう? 苦労がつきもののファッションがおしゃれのための選択ではなく、誰かの暮らしを左右しかねない日々の現実だとしたら?
多くの障害者にとって、既製服は手を出しにくく着心地も悪い。やっかいなボタンがいくつも付いていたり、車いすに座った状態で着ると縫い目が当たって擦れたりする。障害などさまざまな個性を持つ人々のニーズに応えるアダプティブウェアのブランド「Reset」の創設者モニカ・ドゥーガーは「衣服は、幸せに生きるための重要な要素です」と語る。彼女がアッシャ・ドゥーガー・ベイドとともに立ち上げた同ブランドは、ロンドン・ファッション・ウィーク期間中に開催されたバーチャルイベントで発表された。
「障害のある人は体の可動性に制限があるため、選ぶ服によって動きやすさが変わってきます」
パーキンソン病患者のドゥーガーの父を見て思いついたというReset初のコレクションでは、目の錯覚を利用したオプ・アートの模様と機能性を備えたデザインを融合させている。マジックテープで開閉できるジャケットに、着脱しやすいよう肩で留められるポロシャツがその一例だ 。
「どんな服にも理念がなければなりません。デザインと機能性が一つになるところに理念は生まれます」とドゥーガーは言う。「試作、検査、それらを踏まえた改良と、さまざまな工程を踏んでいます」
英国のランジェリーブランド「Megami」は、乳房切除術を行った女性向けのブラジャーを展開
写真:MEGAMI undefined
ドゥーガーのようにファッションを捉えると、デザイナーには、問題解決力、イノベーション、共感を発揮できるエンジニアになることが求められる。ドゥーガーは、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションで学び、ポールスミスやメアリーカトランズ(有名なファッションデザイナーやブランド)でインターンとして働いた経験を持つが、アダプティブウェアについては独学で進んでいる。
「アダプティブウェアを作る上で大切なのは、失敗すること、そしてその失敗を認めることです。そうすれば、最善の策を見出すことができます」と彼女は話す。「障害者向けのデザインというのは単なる流行ではなく、必要なことなのです」
Resetを立ち上げた背景には、障害に配慮したファッションへの需要の高まりがある。アダプティブウェアの市場は、2026年までに2800億ポンド(約41兆円)近い規模に成長するとみられている。数こそ少ないが、これまで見過ごされてきた障害者をターゲットとするブランドが出てきているのもうなずける。
ナイキは今月、ブランド初となるハンズフリーシューズを発表した。3年を費やして開発されたナイキ ゴー・フライイーズ(Nike Go FlyEase)が目指すのは、自分で靴をはくのが難しい人たちのフットウェアに革命を起こすこと。双安定ヒンジ(ちょうつがい)にすることで、屈んだり、靴ひもをゆるめたりしなくても、足を踏み入れて、かかとを押し込みさえすれば、スムーズに歩き出せるような作りにした。
有名ブランドに限らず、スタートアップ企業もこの市場に参入している。例えば「Unhidden Clothing」は、人工肛門袋を取り付けた状態で着られる普段づかいの服を展開する。購入時には、オプションでカスタマイズも依頼できる。
ナイキ ゴー・フライイーズ
写真:ナイキ
乳がん手術を受けた女性向けのランジェリーを展開する英国の「Megami」は、人工乳房用ポケットが目立たないよう工夫されたおしゃれなブラジャーを発表し、術後に着用する下着の概念を塗り替えた。また英国のデニムブランド「I Am Denim」は、車いすユーザーや腹部手術を受ける人でもはけるストレッチジーンズを開発。ウエスト部分の見えない位置に伸縮性に優れたライクラパネルが縫い付けられていて、座ったときの不快感を解消してくれる。
期待できる統計データやインクルーシブ製品の発売が相次いでいる一方で、アダプティブウェアの市場規模はいまだ小さく、消費者のニーズに十分に応えられていない。最近のニューヨークタイムズ紙の調べでは、フェイスブックやインスタグラムといったプラットフォームから、アダプティブファッションの広告が一律に排除されるようなアルゴリズムが組まれていることが分かった。多くの場合、商品に関する誤解を防ぐことが目的だ。医療に関連する製品の広告はポリシーに反するとの理由から自動的に除外されてしまうのである。ここでは、テクノロジーがアダプティブウェア市場の妨げになっているが、テクノロジーは適切に活用すれば非常に大きな可能性も生む。
3Dプリンターの進化は、障害者のファッションに新風を吹き込むだろう。切断術後の足の長さに合わせた丈や開け閉めしやすいファスナーなど、3Dプリンターで作った服には、独自の特性を持たせることが可能だ。
「お客様には、好みに合うようすみずみまでカスタマイズいただけます。『特注品』のこだわりはファイルに保存して、一点だけでなく、他のさまざまなファッションアイテムでもお使いいただけます」と、Institute of Digital Fashion(デジタルファッション研究所)の創設者の一人リーン・エリオット・ヤングは語る。
「このことは、昔ながらのファッションのあり方になじまない人たちにとって、大きな意味を持ちます」
Resetのコーディネート例
写真:マリア・マーラ
サンフランシスコとニューヨークを拠点とするデザインファーム「fuseproject」のサイズミック・パワード・スーツも革新的な製品だ。サイボーグさながらの身体能力を補強して着用者の動作をサポートする。ボディスーツに取り付けられた電動の筋肉が働くことで、筋力を補い動作を助ける。また、オランダのデザイナー 、ポーリン・ヴァン・ドンゲンは、スマートニットウェアの試作品を制作。このヴィガー・カーディガンは、糸に組み込まれたセンサーで着用者の体の状態を監視できるようになっていて、理学療法の支援が期待できる。ほかに、抗酸化物質や栄養素を皮膚に送り込むことができる生地の開発を進めるバイオテック企業もある。
アダプティブウェアは、高価な上に商品が届くまで順番待ちをしている人も多く、途上国では手に入らない。そのため、意図せずとも障害のある人々の間で格差が広がると考えられる。企業は売り上げにばかりとらわれ、多くの人々に製品を届けることより利益を優先する。だが、医療ニーズに対応するための商品にも消費主義をあてはめてよいのだろうか?
「さまざまな個性に適応するアダプティブなデザインは、基本的人権のひとつです」
そう話すマウラ・ホートンは、英国で今年、EコマースサイトJuniperを立ち上げた。障害者向けファッションの「Asos」(英国を代表する人気ブランド)となるべく、Juniperでは、アダプティブウェアを今よりもずっと身近なものにしたいと考えている。
「正しい仕事をすれば、アダプティブデザインだからといって値段が高くつくことはないはずです」とホートンは言う。「アダプティブファッションを手がけるデザイナーが増えれば、健全な競争が働くようになるでしょう」
ファッションのあり方が見直されるなか、アダプティブウェアは多様性尊重の先駆けといえる。デザイン工程からモデルやエンドユーザーに至るまで、もはやただの思いつきでインクルージョンを実践しているだけでは済まされない世界だ。
この記事は、The Guardianのロッティ・ジャクソンが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはすべてlegal@industrydive.comまでお願いいたします。