化石燃料に代わってプラスチックや洋服の糸の原料になる素材として、自然界に豊富に存在する複合炭素ポリマー「リグニン」が大きな注目を浴びている。ここ10年で開発が進みポリウレタンフォーム、接着剤、バイオプラスチック、電池の電解液、炭素繊維など様々な形状で使えるようになってきた。現状や将来性について専門家に話を聞いた。

著者:ポール・マイルズ

Source:The Guardian

 

いつか木を原料にした自転車や車を運転する日がやってくるかもしれない。いま話しているのは、SFに出てくるような奇抜で怪しげな乗り物のことではない。自然界に豊富に存在する複合炭素ポリマー「リグニン」を原料とする炭素繊維で作られた、ハイテクで軽量な乗り物のことである。リグニンは、自転車のサドルや車のシートに使われる発泡材の原料にも、そうした部品をまとめて固定する接着剤の原料にもなりうる。さらには、リチウムイオン電池で使われるグラファイトに代わるバイオカーボン材料となる可能性まで秘めている。これは、フィンランドのヘルシンキに本社を置くストラ・エンソ社が描く未来像だ。同社は、再生可能材料を事業とする一方、世界最大規模の私有林も所有する。

「新車一台(に必要な量のリグニン)なら、スカンジナビアにある森で、一瞬で再生できるでしょう」 同社のバイオマテリアル部門でイノベーション責任者を務めるラウリ・レヘトネンはそう話す。

 

炭素繊維は、風力タービンや電気自動車で使われ、需要がますます高まっているが、現在、その製造には、石油化学素材を構成要素とし、多大な費用と大量のエネルギーを必要とする有害な化学プロセスをともなう。それに引き換え、リグニンは完全に再生可能で無害な資源だ。リグニンはほぼすべての植物に存在し、果物や野菜にも含まれており、私たち人間は、食物繊維として日常的に摂取している。そして今、リグニンは高品質な炭素素材へと姿を変えつつある。ストラ・エンソ社は、工業用レーヨンを生産するドイツのコーデンカ社と共同して、リグニンから炭素繊維を製造するための前駆体の開発に取り組んでいる。

リグニンは、炭素を多く含む複雑な化学組成を持ち、自然界に豊富に存在する。実際、セルロースに次いで、地球上で二番目に多い高分子だ。こうした特性を活かせば、環境への負荷を大幅に抑え、化石由来の炭素への依存から脱却する近道となる。

リグニンの将来性は極めて高い。化石由来の素材は、文字どおり、私たちの身の回りにあふれている。ソファの発泡材、家具を固定する接着剤、壁の塗料、パソコンにも水筒にも使われているプラスチック、洋服の糸。これらはすべて、ほぼ間違いなく、石油を原料としている。つまり、何百万年も前の生物の死骸でできているということだ。

 

科学者たちは、このプロセスを早送りしようとしている。「要するに私たちは、バイオマス(木などの有機体)から石油やガスを得るのにかかる何億年という年月を飛び越えて近道を進もうとしているのです」 そう話すモジガン・ネジャドは、環境に配慮したバイオプロダクトを専門とするミシガン州立大学の助教だ。リグニンから、断熱材や車の内装、家具に使う発泡材を作る研究を行っている。彼女はまた、リグニンを原料とする塗料や接着剤の開発も手がけている。

「私たちは、高価で有害な石油化学素材を、再生可能で生分解性のあるリグニンに置き換えようとしているだけではありません。天然の抗菌性と燃えにくい特徴を持つ製品を作ろうとしているのです」とネジャドは言う。「自然界では、リグニンは細胞どうしを結びつける『接着剤』の働きをしています。それを接着剤に利用しない手はありません」

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研究者たちは、リグニンから発泡材や塗料、接着剤を作ろうとしている

写真:Scala Photography

 

この特性は、路面舗装や屋根材に使われる原油由来の瀝青※に代わるものとして、リグニンが適していることを裏付ける一つの理由だ。スウェーデンやオランダでは、ストラ・エンソ社の粉末状リグニンを原料とするアスファルトで道路が舗装されている。

何十年もの間、リグニンは、農業や建築分野で大量に使われる低コストのさまざまな化学薬品に用いられ、バニラの基本成分である合成バニリンの製造にも利用されてきた。だが、ポリウレタンフォーム、接着剤、バイオプラスチック、電池の電解液、リチウムイオン電池のグラファイト電極、炭素繊維、そして新素材「グラフェン」など、より価値の高い製品の化学成分として利用するには、さらに使い勝手の良いきれいな形でリグニンを木材から抽出しなければならない。その技術が開発されたのは、ここ10年足らずのことだ。リグニンは世界中で入手でき、商業利用することを想定しても十分な供給を確保できる。ただ、現在のところ業界には、化石燃料由来の素材を大規模に置き換えるだけの能力がない。

2015年以来、ストラ・エンソ社は、リグニンの生産で世界を牽引してきた。同社は、茶色い粉末状の乾燥リグニン「Lineo」を販売しており、フィンランドのスニラ工場は年間5万トンの生産能力を有する。1月には、スウェーデンのレンコム社が、ビニール袋や包装、サッカー場の人工芝、車の内装に使うバイオプラスチックの量産にLineoの使用を開始する。同社の工場では、生分解性のバイオプラスチック「Renol」を年間2千トン生産できるようになる。

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※瀝青(れきせい):天然に産する炭化水素化合物の鉱物。固体のアスファルト、液体の石油、気体の天然ガス等。

 

炭素排出実質ゼロという野心的な目標を達成するには、石油化学素材を、植物由来の安価な素材に代える必要がある。「再生可能でない化石由来の材料を、バイオベースのこうした再生可能材料に置き換えれば、二つのことが実現します。まず、地中から掘り起こした化石燃料による排出量を減らせます。また、バイオベースの材料の供給により多くの木を確保する必要があるため、森林の炭素回収量も増やせます」とレヘトネンは言う。

リグニンは、主に「黒液」の形で生成される。紙パルプ工場で出るタール状の廃液で、100年以上の間、そのまま燃やされ、非化石燃料のエネルギー源として、工場や地域の送電・暖房網に電力を供給してきた。世界全体で年間8千万トンのリグニンが生成されていると推定されるが、その98%はバイオ燃料として燃やされている。

「そのまま燃やして大気中に炭素を出すくらいなら、リグニンを利用して、家で使えるような製品に変えた方がいいでしょう」とネジャドは言う。「紙パルプ工場では効率化が進んでいて、発電に必要な量よりもはるかに多くの黒液が手に入ります」

紙の売上が落ちている今、リグニンに付加価値をつけることで、石油化学素材を使わない未来への移行を後押しするだけでなく、新たな収益の流れも生まれる。「地下に頼るのではなく、地上でまかなう暮らしをそろそろ始めなければなりません」とレヘトネンは言う。

 

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この記事は、The Guardianのポール・マイルズが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはすべてlegal@industrydive.comまでお願いいたします。