ノルウェーで、人々が昔から実践している「フリルフスリフ(Friluftsliv)」という生活スタイル。簡単に言うと、自然の中に入り、自然と共存し、調和を感じることを指すフリルフスリフが、新型コロナウイルス禍でも日々を楽しく過ごすヒントとして注目されている。コンセプトやノルウェー流のフリルフスリフの取り入れ方を見てみよう。

著者:モーウェナ・フェリア

Source: The Guardian

 

まずはいちばん大事な発音を確認しよう。「フリー・ルフス・リーフ(free-luftz-leev)」とラッセ・ハイムダルが言う。わりと穏やかな天気(14℃、晴れ)のオスロから、私がちゃんと言えるまで電話口で4回も繰り返してくれた。

ハイムダルは、ノシュク・フリルフスリフ(Norsk Friluftsliv)の名で知られるノルウェー・アウトドア組織協会の事務総長だ。フリルフスリフ(friluftsliv)、つまり「free-air life(フリー・エア・ライフ=アウトドアライフ)」を推進する大きなボランティア団体で、ノルウェーにとどまらない活動をしているようだ。

発音は難しいがフリルフスリフの定義は簡単で、どんな天候にも対応できるジャケットと丈夫な靴下、あとはできれば車があればすぐ始められる。「ノルウェー人にとってフリルフスリフで大切なのは、何をするかじゃなく、どこで過ごすかなんだ」と言って、(私の想像の中の)ハイムダルは故郷の町外れの澄み切ったフィヨルドと松林を指さした。「僕にとっては、日常のストレスから離れて北欧文化に溶け込み、これぞ自然という『隠れ家』で暮らすこと」――まるで森が自分の家の延長であるかのように。フリルスリフについて、そうハイムダルは語った。彼は多いときは週に3回、フリルフスリフに出かけるという。

 

フリルフスリフのおもな過ごし方は、のんびりすること、釣り、ハイキング、「キャンプ用のハンモック」(テントではない)で寝ること、クラウドベリーを摘むことなどだ。漠然とした概念ではなく具体的な活動が多い。その象徴がキャンプファイヤーで、合言葉は「人間にはぶらぶらする権利(自然享受権)がある」だ。思うに、フリルフスリフはいろいろな点でイギリスの恋愛リアリティー番組『ラブ・アイランド(Love Island)』によく似ている(ハイムダルはラブ・アイランドを知らないようだが)。

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道端でカップルが子育てのことでもめている。アパートの窓からその姿を眺めながら、「野外での暮らし」というアイデアがなぜ、インスタグラムで百万近いハッシュタグを集め、『ナショナルジオグラフィック』誌で紹介され、ハイムダルが言うにはノルウェーの出会い系サイトに掲載されているプロフィールの3分の2に書かれているのか分かる気がした。春先から初秋にかけて過ごしやすい北欧で、「フリルフスリフ」が流行語として「ヒュッゲ(hygge)」以上の人気となっている理由も分かる。3月からずいぶん長い時間を屋内で過ごしてきたのだ。

 

驚くまでもないがフリルフスリフは、ハイムダルが「コロナの季節」と呼んでいる昨今の一大ブームとなっている。彼の話では3月以降、ノルウェー人の3人に1人が屋外で過ごす時間を増やしたという。ノルウェー人がだいたい週に3回以上は大自然に飛び出していることを考えると、これはなかなかすごいことだ。その結果、アウトドアグッズの需要が伸びた。ノルウェーで多くの店が休業した3月以降、政府はキャンプ用品やスポーツ用品の店で一時解雇されたスタッフを呼び戻し、おまけに新しいスタッフも雇わなければならなくなった。

早々にロックダウン(都市封鎖)措置をとったことで、ノルウェーでは新型コロナウイルスの感染者数を比較的少なく抑えることができたが、最近はその数が増えている。幸いなことに、キャンプ中はソーシャルディスタンスを保ちやすい。ハイムダルによると今のところ、フリルフスリフが目的の小旅行中にウイルスに感染したケースは記録されていないという。「コロナの問題については、みんな考えすぎないようにしているよ」とフリルフスリフ愛好家の仲間にふれて彼はそう語った。

 

フリルフスリフは何十年も前から、ノルウェー文化の魅力の中心だった。この言葉が最初に使われたのは、ヘンリック・イプセンの詩「オン・ザ・ハイツ(On the Heights)」だと考えられている。農場での暮らしに物足りなさ、まさにフリルフスリフが足りないと感じて思い悩む若い農夫のジレンマが詠われている。2019年に放送されたノルウェーのTV番組『ツイン(Twin)』は双子の兄弟が主人公のサスペンスドラマだが、一人はフリルフスリフ的に暮らし、もう一人は悲惨な境遇にあるという話だった。

そう、フリルフスリフはずっと前からあったのだ。昨今の文化で流行っているものの裏側に目を向けると、北欧の人がキャンドル(hygge:ヒュッゲ=心地よいもの)を売り出したり、ワーク・ライフ・バランス(lagom:ラーゴム=ちょうど良さ)についてああだこうだ言ったりしていることに気づくだろう。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のデンマーク人講師ヤコブ・ストウガード・ニルセン博士が2017年にヒュッゲがブームだった当時教えてくれたように、ノルウェー人は換喩(メトニミー)、つまり概念を言葉に置き換えるのが好きなのだ。「ノルウェーに比べてイギリスでは、ある感覚を社会的、地理的、文化的な違いを超えて誰もが納得する一言で表現するのは難しいと思います」。博士は、北欧の人々が「物語を作る」コツを知っているからこそ、彼らの文化が世界に広まっているのではないかとも言った。ヒュッゲとラーゴムは、言葉としてはちょっと漠然としているが、商品のマーケティングには使える。他方、フリルフスリフは、あまりに意味が広すぎて商品にするのが難しい。

 

ハイキング用品を借りられるノルウェーの国営「ライブラリー」

そもそもフリルフスリフという考えをここまでの社会現象にしたのは、都市と自然のあいだに漂う張り詰めた空気だ。最初のロックダウン実施からわずか半年で2度目のロックダウンに入ったとき、人々の外へ出たいという欲求はかつてないほど高まった。フリルフスリフがとりわけ魅力的なのは、体験がすべてで、お金がかからないことだ。ミレニアル世代が好きな経験経済は、3月に外出自粛が始まると一気に冷え込んだ。

IT業界で働くオスロ在住のトム・ロニングに、人はフリルフスリフを実践できるかと聞いてみた。難しいが、フリルフスリフ的な暮らしはできる、と彼は言う。要するに、自然は安全だということ、コロナに関する暗いニュースばかり検索する(doomscrolling)のをやめること、「悪天候なんて存在しない。あるとすれば服装が悪いだけ」といった貴重な教訓を北欧の厳しい冬は教えてくれるということだ。服装に関しては、パタゴニアの衣類とか厚手の登山用ソックスとか、あの流行りの「ゴープコア(gorpcore=アウトドアウェアを取り入れたスタイル)」のファッショングッズを売る店がもっと必要かもしれなかった。ノルウェーにはハイキング用品を借りられる国営の「ライブラリー」があると、ハイムダルが教えてくれた。こっちはもっとサステナブルだ。

 

フリルフスリフを裕福なブルジョアの活動と見るのはたやすい。緑地から遠く離れた庭のないアパートにいればなおさらだ。それに、山小屋は言ってみれば別荘で、そうしたものへの一般感情も分かる(ノルウェー政府はロックダウンの間でもとくに厳しく取り締まっていた期間、別荘の使用を禁止した)。おまけにノルウェーという国は複雑な事情を抱えていて、環境保護を声高に叫びながら石油で大金を稼いでいたりもする。

ハイムダルはそれでも、フリルフスリフがノルウェー人のメンタルヘルスに果たす役割に強い関心をよせている。「今は『暖かい』が数週間のうちに零度以下になる。本当に厳しい天候だから、それに合わせた暮らし方をしているんだ。これもその1つだよ。でもこの国では、うつ病が問題になっていることも覚えておいてほしい」と彼は言った。ノルウェーの暗い冬のことなら誰もが知っている。「だから学校で子どもたちに寒さにそなえた服装を教えるのさ。そうすれば早くから問題に目を向けられるようになるからね」。ハイムダルがオフィスを外に移すべきだと考える理由の1つもここにある。

でもフリルフスリフはやっぱり、万人向きではない。前述のロニングは森から100メートルのところに住んでいて、家の外で鹿やヘラジカをよく見かけるという。そんな彼でも「成人してから私が山小屋で過ごしたのは、たぶん片手で数えられるくらいですよ」と語っている。

 

この記事は、The Guardianのモーウェナ・フェリアが執筆し、Industry Diveパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはすべてlegal@industrydive.comまでお願いいたします。