シンガポールのショッピングモールの屋上で、ナス、ローズマリー、バナナ、パパイヤなどの野菜や果物が育っている。ビジネスエリアに建ち並ぶ灰色の超高層ビル群と、鮮やかなコントラストをなす眺めだ。
1万平方フィート(930平方メートル)ほどのこの場所は、土地不足に悩むシンガポールで増えつつある屋上農園の一つ。こうした農園は、自国で生産する食料を増やし、輸入に頼り切っている現状を変えようという動きの一環だ。
気候変動によって世界的に作物の生産量が減り、食料品の輸入が難しくなることへの心配が強まる中で、シンガポール政府はこの動きをあと押ししてきた。新型コロナウイルスの広まりにより、その勢いはさらに強まってきている。
「シンガポールは国土が狭いので農地がないというのは、よくある誤解です」 ショッピングモールの屋上で農園を運営するエディブル・ガーデン・シティの最高責任者サミュエル・アングはそう話す。
「私たちは、その誤った認識を変えたいのです」
都市農園は、世界中の密集した都市で増えているが、建物の屋上を利用した農園は、人口密度が高いシンガポールで、特に急ピッチで広まっている。この国では、食料品の90パーセントを輸入に頼っているのだ。
かつては、シンガポールでも農業が広く行われていた。だが、金融の中心地として発展するにつれて、高いビルが立ち並び、農業はたちまちすたれてしまった。現在では、農地は国土の1パーセントに満たない。
そんな中、人口570万人のこの国には、ここ数年で、屋上を利用した農園がどんどん増えてきている。
政府は昨年、2030年までに、国民の「栄養必要量」の30パーセントを国内生産でまかなうという目標を明らかにした。具体的には、野菜のほか、魚や卵の生産量を増やしたいという。
新型コロナウイルスによるサプライチェーンの崩壊を心配する声は、ますます高まっている。政府は取り組みを強化し、駐車場9カ所の屋上を都市農園にすると発表した。また、3,000万シンガポールドル(約23億円)を投入して、国内の食料生産をあと押しするという。
――「ショックを吸収する」――
エディブル・ガーデン・シティは、シンガポールで都市農園を運営する企業の一つで、約80カ所の屋上農園を手がけている。
この会社は、もっと変わった場所にも数多くの農園を作ってきた。刑務所だった施設や、コンテナの中、高層アパートのベランダなどだ。
農園では、害虫を寄せ付けないニームオイルなど、自然由来の農薬しか使わない。
「私たちが本当に伝えたいのは、自分たちが食べるものは自分たちで育てよう、というメッセージです。広大な土地なんて必要ないと伝えたいのです」とアングは言う。
この会社では50種類以上の食物を育てている。ナス、赤オクラ、ワイルド・パッションフルーツ、葉物野菜やエディブルフラワー(食用の花)、発芽後ごく小さいうちに収穫する「マイクログリーン」などだ。
――最新の技術も利用する――
コンテナの中に作られた農園では、土を使わずに育てる水耕栽培専用のシステムをテストしている。日本の企業が開発したものだ。
このシステムは、生育環境を監視するセンサーがついているのが特徴だ。衛生基準が厳しいので、農薬を使わず育てられる。
エディブル・ガーデン・シティの農産物は、収穫したら、その日のうちに梱包され配送される。主な配送先はレストランだが、オンライン登録すれば、一般の顧客でも、箱詰めにした果物や野菜を定期的に届けてもらうことができる。
4月から6月にかけて、新型コロナウイルスを封じ込めるためにシンガポールがロックダウンを行ったとき、エディブル・ガーデン・シティのレストラン向けの売上は減った。だがアングによると、同じ時期に、一般家庭の顧客が3倍に増えたという。
シンガポール南洋理工大学で食品科学工学課程の責任者を務めるウィリアム・チェン教授は、都市農園の発展は、「サプライチェーンの崩壊によるショックを吸収してくれる」ものだと語る。
「高層ビルを使った屋上農園は、確かな希望をもたらす選択肢です」と彼は付け加えた。
それでも、ロサンゼルスの半分の大きさのシンガポールでできることには限りがある。チェンは、野菜以外の肉などの主要食品は、まだまだ輸入に頼らざるをえないだろうと強調する。
「シンガポールには畜産農家はないし、米を育てる広い土地もありません。屋内で米や小麦を育てるのは、不可能ではないにしても、かなりコストがかかるでしょう」
さらに、現代のシンガポールには、農作業の技術をもつ人材が不足していることも課題だ。
「農業に興味のある人を雇うことはできても、彼らには農業の経験がないのです」 アングはそう指摘している。
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