2017年、テキサス州沿岸に上陸したハリケーン「ハービー」は、強い破壊力を保ちながら恐ろしいほどゆっくりと進み、数日間にわたってヒューストンとテキサス州南部に記録的な大雨を降らせた。しかし、ヒューストン南東部にあるクリア・レイク・シティは、新たに造成された湿地帯のおかげで最悪の被害を逃れることができた。かつて廃ゴルフ場があったこの地は、80ヘクタール以上の公園と湿地帯に造り変えられている途中だった。ハービーが直撃したとき、造成は8割しか終わっていなかったが、それでも湿地帯は40万立方メートル近い水を貯え、150戸の家屋を洪水から守ってくれた。

これは、米国立野生生物連盟が6月5日に発表した最新の報告書で紹介された事例だ。報告書は、これまで幾度となく見過ごされてきた自然生態系の能力を、実例を挙げて示している。それによると、自然生態系には、ハリケーンをはじめとする自然災害から地域社会を守る力があるという。数十年にわたる研究をもとにした「The Protective Value of Nature(自然の防御的価値)」というこの報告書は、マングローブ林や森林など自然なままの生態系と、人口砂丘などの自然を真似て作られたシステムの両方を取り入れて、「自然のインフラを劇的に拡大することが急務だ」と論じている。

記録的な海水温の高さから、今年のハリケーンは「例年になく活発」になるだろうと予測されている。ちょうどそのハリケーンシーズン目前に発表されたこの報告書は、堤防やダム、防波堤などの人工的なインフラに頼って災害から身を守っている現状を、何としても考え直す必要があると主張する。「自然災害に直面すると、私たちは昔から、ただひたすら自然と闘ってきました」報告書を作成した米国立野生生物連盟の上級気候適応専門家パティ・グリックはそう語る。気候変動によって自然災害が激化する中、人工的なインフラだけに頼っていては、もはや被害を抑えられない。それを示す研究が相次いで発表されている。

川をまっすぐに整備し、より高い防波堤を築くよりも、自然の保護や修復にもっと投資する必要がある。そうすることが、「従来型の人工的なインフラと同じくらい、またはそれ以上に効果をもたらす」可能性がある、と報告書は指摘している。

従来型の洪水管理では、ハリケーンから地域を守るという生態系の能力を十分活用していないことが多い。特に、健全で手を加えられていない生態系の力が、活用しきれていない。例えば、湿地は吸収力が抜群のスポンジのように働き、報告書によれば、1エーカー(約4000平方メートル)につき最大約5700立方メートルの水を貯えられるという。グリックはまた、沿岸地域におけるカキ礁やサンゴ礁が、気候変動への適応を助ける役割を果たしていることも指摘する。「カキ礁やサンゴ礁は、道路で車を減速させるためのスピードバンプ(減速帯)のような役目をしています」と彼女は説明している。波や高潮は、これらのスピードバンプに到達すると崩れたり弱まったりする。「その結果、こうした波の本当の威力が、陸地まで届かないのです」

自然生態系は、健全ならば、潮位の上昇や気候条件の変化にも適応できるという。ほかにも、河川を浄化したり、より多くの生息地を野生生物に提供したりするなど、さまざまな恩恵をもたらしてくれる。

従来型の洪水インフラは、老朽化が進んで危険なだけではない。破壊力をもった近年の洪水に対応できる作りになっていないのだ。「多くの場合、ここ50~100年の間に建てられたインフラは、一定規模のハリケーンまでなら耐えられるよう設計されています」 ニュースクール大学都市生態学准教授で、都市システム研究所所長でもあるティモン・マクフィアソンは説明する。「つまり、ハリケーンの規模が想定を超えれば機能しません。壊滅的な事態になるのです」

マクフィアソンは、人工的なインフラは「fail-safe(想定内の問題ならば発生しても安全な設計)」だとしている。それはつまり、想定レベルを超えた場合は機能しないということだ。「例えば3メートルまでの高潮に対応するよう設計された防波堤を建設しても、高潮が3メートルをわずかでも超えれば、まったく役に立ちません」 一方、自然生態系の方は「safe-to-fail(問題が発生しても、柔軟に対応できる仕組み)」と呼ぶ。つまり、強烈なハリケーンが来ても、リスクを軽くする能力があるのだ。

もちろん、自然のインフラは、すべてのリスクを減らせるわけではない。有色人種の低所得者層は、ハリケーンの被害を受けやすいという構造的な不平等もある。ハリケーン「カトリーナ」がもたらした災害の悲劇は、堤防が増水した水を防ぎきれなかっただけでなく、不平等な社会の構造が、住民の避難や復興を妨げたことにもある。そうした背景もあり、マクフィアソンは「自然を利用したインフラを有色人種の低所得者層が住む地域に整備する場合は、同時に、手ごろな価格の住宅や雇用も提供しなければなりません」と説明する。

とはいえ、自然生態系には限界がある。「生態系が十分に健全ではなかったり、規模が不十分だったり、適切な場所にないためにすべての影響を吸収できなかったり、といった状況も発生するでしょう」 土木工学と海岸工学の技術者であり、イーストカロライナ大学海岸研究学部で助教を務めるシッダールタ・ナラヤンはそう話す。ナラヤンは、自然は唯一の解決策には決してならないと強調する。しかし、ますます破壊力を強めるハリケーンに対して、「防御の最前線」になることはできるという。

健全な生態系とその適応能力は、アメリカの政権が環境保護施策を取りやめていることによっても脅かされており、その結果、私たちはさらに災害の影響を受けやすくなっている。前述の報告書では、前政権による「水質浄化法」の見直しをトランプ政権が撤回したことにより、米国の湿地の半分以上が危機にさらされていること、また「国家環境政策法」の規制も同様に緩められることで、環境に対する管理が弱まるだろうと指摘されている。どちらの動きも、自然災害から私たちを守ってくれる大切な生態系に害を及ぼすだろう。

報告書の執筆者であり、米国立野生生物連盟において水資源および沿岸域政策担当ディレクターを務めるジェシー・リッターは、自然の防御を強化するチャンスは目の前にあると考えている。「今のコロナ禍での状況を考えると、国は経済を刺激するために、これからあらゆる投資策を講じるでしょう。その際、環境の修復や回復力や自然に対して資金を投じ、それにより、どれだけの雇用が生まれ、地域社会を守れるかを十分に考慮すべきです」とリッターは言う。「そうすれば、双方の利益になるわけですから」

この記事は『Popular Science』に掲載されたものです。

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Mangrove forests are excellent buffers against storms (Ravini/Pixabay/)

 

この記事は、Popular Scienceよりグレタ・モランが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。