「FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症」という病気がある。国により「指定難病」と定められている、骨の変形や痛みを伴う希少・難治性疾患で、そのうち遺伝的な要因で発症するX染色体連鎖性低リン血症の発生頻度は2万人に1人といわれている。この病気の認知拡大を目指して開かれたセミナーでは、骨軟化症研究の第一人者である徳島大学 福本 誠二先生と、小児の骨・内分泌疾患のスペシャリストである大阪大学 大薗 恵一先生による疾患の解説のあと、前編でご紹介したNPO法人ASrid理事長の西村 由希子さんを交えて、パネルディスカッションが行われた。FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症という希少・難治性疾患は、診断や治療において、どのような課題があるのだろうか。

過剰なFGF23活性により血中リン濃度が低下
骨の石灰化が妨げられる病気

皆さんは、「くる病」「骨軟化症」という病名を聞いたことがあるだろうか。「赤ちゃんが日光に当たるのを避けすぎると、くる病になる可能性がある」と、ビタミンD欠乏性くる病について聞いたことがある方もいるかもしれない。「くる病」は、成長軟骨帯(成長板)が閉鎖する前の小児で発症した場合、「骨軟化症」は閉鎖後に発症した場合、と呼びわけられているが、骨の石灰化が妨げられることで症状が引き起こされるというメカニズムは同じだ

今回のセミナーのテーマである「FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症」は、FGF23というホルモンが過剰に作用することで、血液中のリンの濃度が低下し、骨の石灰化が妨げられて起きるタイプのくる病・骨軟化症である。子どもの場合は、成長障害や骨の変形、大人の場合は骨が痛い・折れやすい、筋力が低下し力が入らないなどの症状が現れるという。

「骨の石灰化」とは、骨を作る役割の骨芽細胞が分泌する骨基質蛋白に、カルシウムとリンを主成分とするハイドロキシアパタイトが沈着することである。ところが、血液中のリン濃度が低いとうまく石灰化が起こらず、骨が伸びない、変形するといった異常を引き起こす。

血中リン濃度を低下させる原因の一つが、FGF23の過剰な作用だ。FGF23は主に骨細胞で作られ、尿中にリンが排泄されるよう働く。また、腸でリンが吸収されるのを助ける役割を持つ活性型ビタミンDの血中濃度を低下させ、FGF23作用の結果として血中リン濃度の低下が起きる。これにより骨の石灰化が障害され、「FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症」が発症するのだ。

実は、このFGF23というホルモンは、同定されたのが今から20年前の2000年と、比較的最近だということもあり、まだあまり広く知られていない。当然、くる病・骨軟化症の原因の一つに過剰なFGF23の作用があることもそれまではわかっていなかった。だが同定以来、研究が進み、2019年には初めて過剰に産生されたFGF23作用を抑制する薬が日本で承認され、リンや活性型ビタミンDを補充する対症療法に限られていた治療法に、選択肢が生まれている。

※くる病では骨と成長軟骨の両方に石灰化障害が生じ、骨軟化症では骨に石灰化障害が生じる。

医師にもまだ広く知られていない疾患
診断に結びつけるため疾患そのものや検査の重要性の認知の拡大が必要

それでは、患者はどのようにして受診に至り、診断されるのだろうか。

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“子どもの場合は、1歳から1歳6か月くらいの子どもを、保護者が連れてくることが多いです。歩き始めた頃ですので、どんな子でもたどたどしく歩くのですが、それにしても身体が前後左右に揺れている、お尻が突き出ている、と気になる歩き方が見られるのです。あるいは、ご家族にくる病の方がいると、遺伝の可能性を考えて受診する方もいらっしゃいます(大薗)。”

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“大人の場合、初めに訴える症状は痛みが多いです。症状の強い患者さんだと全身が痛くなり、筋力の低下が進むこともあります。患者さんは、初めはクリニックを受診して、そちらの医師が精密検査の必要性を検討して、大学病院に紹介されてくるケースが多いですね(福本)。”

福本先生は、「症状が現れてから診断までに10年以上かかった例も報告されている」と指摘する。骨軟化症の診断には血中リン濃度の測定が不可欠だが、主訴が痛みという非特異的な症状のため、他疾患(変形性関節症、関節リウマチ、脊柱管狭窄症など)と診断され、紹介元の医師の診察で血中リン濃度が測られていないことも多いそうだ。そのために、次のステップに進まず、原因がわからないままの患者もいるのではないかという。

血中リン濃度が測定され、正しく低リン血症性くる病・骨軟化症と診断された後は、FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症やビタミンD欠乏性くる病・骨軟化症の可能性が検討される。従来は、医療現場で血中FGF23濃度を測ることができなかったため、積極的な診断は難しかったが、この課題も2019年末に解決された。現在はFGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の診断補助のため、保険診療の範囲内で血中FGF23濃度を測定することが可能になっている。

“FGF23が同定されたのが2000年。意義が確立され、医学の教科書に載るようになったのは、ここ数年です。若い医師はFGF23について聞いたことがあっても、ある程度の年齢以上の医師は、専門でない限りほとんど聞いたことがないというのが実際です。FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の疾患概念、診断法、治療法をより広めていくしかありません(福本)。”

診断に至っていない、隠れたFGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症患者がいるかもしれない。彼らを治療に結びつけるため、医師がこの疾患を疑って専門の医師に紹介できるよう、情報発信につながる動きが期待されている。

信頼できる正しい情報を
患者に届く言葉で

情報発信が求められているのは、医師向けに限らない。患者向けの情報も不足している。

“FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症についての情報は、インターネットで検索すれば出てきます。しかし、正しくない情報が掲載されている例も少なくありません。患者さんの中には、自分で調べて知った誤った情報が頭から離れず、医師の意見を受け入れられない人もいます。必要なのは、専門家による正しくて信頼される情報を用意することと、それが上位に表示されるようにすることです(大薗)。”

しかし、多忙を極める医師が、自身で用意するのは困難だ。大薗先生は、「患者会やNPOを通じ、社会的な取り組みとして推進されるとありがたい」と続けた。

福本先生によれば、米国には、FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の一種であるXLH(X連鎖性低リン血症性くる病・骨軟化症)の情報が集約されたウェブサイトがあるそうだ。このウェブサイトの制作には、患者自身も専門家も関与しているという。

西村さんは、後日行われたインタビューの中で「専門家と患者とでは、届く言葉が違う」と指摘している。

”難しい専門用語ではなく、いかに患者に届く言葉で発信するか。私たちはそれを「ローカライズ」と表現しています。医師や製薬会社など専門の方々と意見交換をしながら、コンテンツの中身を整えていく。これは非常に重要な作業です。何より、当事者の方自身がその作業をすることによって、自信を持って発信できるようになるというセカンドアクションにつながると思っています(西村)。”

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病気の情報をいかに発信し、患者自身も医師も理解を深めていくか。さまざまなステークホルダーがつながり、それぞれに届く正しい情報が求められている。

*XLH network (英語サイト)  https://xlhnetwork.org/

小児科から内科への
トランジション(移行)が課題に

情報発信の他にもう一つ大きく取り上げられたのが、「指定難病」にまつわる課題だ。2015年、「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」が施行され、希少・難治性疾患に対する医療費助成制度が改められた。厚生労働省により助成対象として定められた疾患が「指定難病」である。小児の場合は、同じく2015年に改正された児童福祉法で助成制度が見直され、助成の対象となる「小児慢性特定疾病」がある。

FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症は、指定難病や小児慢性特定疾病に含まれる。しかし、それぞれの対象疾患の一覧を見ても「FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症」という病名は見つからない。指定難病では「ビタミンD抵抗性くる病・骨軟化症」、小児慢性特定疾病では「原発性低リン血症性くる病」と「ビタミンD抵抗性骨軟化症」という名で挙げられているからだ。

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“「FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症」という病名が使われるようになったのは、ここ数年のことです。長らく「ビタミンD抵抗性くる病・骨軟化症」あるいは「低リン血症性くる病・骨軟化症」と呼ばれてきて、指定難病としても「ビタミンD抵抗性くる病・骨軟化症」の名が使われています。2015年の難病に関する法律の見直しの際に病名を統一したかったのですが、長く使われてきた名称を変えるのは難しく、実現しませんでした。指定難病としては、上記疾患はFGF23関連という病名ではありませんが、抗FGF23抗体薬の適応疾患であると理解することが大事と考えています(大薗)。”

子どものころに発症した患者が成長するに伴って起きる課題もあるという。

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“成人患者の症状は非常にバリエーションが広く、成長期を過ぎたあと症状がほとんどなくなる方もいます。すると、小児科にかかっていた頃は治療を受けていた患者さんが、大人になって治療を止めてしまうケースが見られます。小児科から内科へのトランジション(移行)がうまくいっていない例はかなり多いのではないでしょうか。なかには、大人になった患者を小児科の医師が引き続き診ているケースもありますが、例えばその患者が転居したときには、誰が診るのでしょう。FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症を診られる医師がどこの医療機関にいるのか、患者にはわかりません。治療を続けていくためには、そういった情報提供も重要です(福本)。” 

西村さんは、「小児で発症することが多い疾患は、小児慢性特定疾病から指定難病への移行が重要なポイント」だと続ける。

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“FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の場合、小児慢性特定疾病と指定難病では、異なる名称が使われていますので、専門でない医師は混乱すると聞きます。これは患者本人が知っておくべき情報だとも言えますが、一般の先生方にも情報提供をしていかないといけません。そして、患者さんに対しては、「トランジションの問題は乗り越えていけるんだよ」というメッセージを伝えていくことが大切です(西村)。”

他には、指定難病制度の対象が中等症以上に限られ、軽症者が除かれていることも指摘された。FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症は、軽症から重症まで幅があるという。軽症者の数や疾患の状態がわからなければ、この病気の全容を掴みづらく、治療法の開発に活かされない。医療の発展には、医療現場や創薬の進歩だけでなく、制度面の改善も重要なのだ。

パネルディスカッションでは、FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の診断や治療で起きる課題が具体的に指摘され、情報発信や制度面での改善の必要性が繰り返し挙げられた。一方、患者一人ひとりの生活においては、生活の質を上げるためのあらゆるサポートも求められているだろう。前半でもお伝えしたように、希少・難治性疾患を取り巻く課題は多岐にわたっており、医師のみ、患者のみ、製薬会社のみ、行政のみで解決するのは困難だ。医療現場にとどまらず、希少・難治性疾患に関わる多様なステークホルダーが連携して解決にあたる、パートナーシップが求められている。