ギリシャの首都アテネの市長は、公共の空間を車から「解放」すると言う。パリ市長は、コロナ以前の交通量と大気汚染のレベルに戻るなんてありえないと話す。ベルリンでは、ほとんど一夜にして22キロの新しい自転車レーンが現れた。
アイルランドの首都ダブリンからオーストラリアのシドニーまで世界各地の都市では、車が道路から姿を消したことが大規模な事業を進めるチャンスとなった。これらの都市は、自転車や歩行者にやさしい街に大きく変わりつつある。
自転車推進派や環境活動家は、この都市空間の再生を新型コロナウイルスの世界的流行が収束した後も続けるよう、自治体に強く働きかけている。車を推進する団体からの抵抗を恐れてのことだ。
アテネ市長のコスタス・バコヤニス氏によれば、新型コロナの世界的流行が追い風となり、市は極めて野心的な街の活性化計画に取りかかっている。2020年5月、市長は5万平方メートルの公共空間を、歩行者と自転車に割り当てると発表した。
この計画の中核となるのが、歴史地区の遺跡群を結ぶ、約6.4キロの「グランド・ウォークウェイ(壮大な歩行者専用路)」だ。歩道の幅を広げ、大通りを歩行者専用にし、広場を拡大し、アクロポリスの丘のふもとのエリアでは車の通行を禁止する。
昨年、アテネ市で最年少の市長になったバコヤニス氏は、通常なら何年もかかるインフラ工事が、新型コロナの世界的流行のために速やかに進んでいると率直に認めている。
「またとない機会が得られたので、公共事業を急ピッチで進めています」と彼は言う。「公共の空間を車から解放し、街を歩いて楽しみたいと願う人々に明け渡すことが目的です……アテネは今までよりもきれいで、環境にやさしく、生き生きとした街になるでしょう」
ハンガリーの首都ブダペストでは、先月、市内でもとくに混雑するいくつかの道路に、計約20キロの仮設自転車レーンを導入した。
市長のゲルゲイ・カラーチョニ氏は、環境にやさしい政策を掲げて昨年の市長選に当選した人物だ。自転車レーンの導入には、ほとんど何の障害もなかった。コロナ禍で、今後も公共交通に頼ることを多くの市民が不安に思うようになっていたからだ。ブダペスト市には優れた公共交通機関があるが、いつもとても混み合っている。
市長室によれば、市は仮設自転車レーンの交通量を監視しており、一部のレーンはいつも通りの生活に戻った後も残される可能性がある。将来的に、どこに、どのようにしてさらに多くの自転車レーンを導入するかについて、市民との意見交換を計画しているという。
パリでは、自分たちの権利が抑圧されているとしてパリ市役所に抗議した車を推進する団体の大きな不満をよそに、市中に計約32キロの一時的な自転車レーンが設けられた。街を東西に走るリヴォリ通りとサンタントワーヌ通りなどの主要道路からは、徐々に個人の車が閉め出されつつある。市内にさらに約48キロの自転車レーンを導入する案も浮上している。
パリ市では、2000万ユーロ(約24億円)の自転車利用促進策(planvélo)の一環として、多くの市民が、古い自転車の修理代として50ユーロ(約6000円)を受け取っている。
自転車を推進する新たな動きを支持する人々は、最新の研究結果に注目している。ある研究によれば、パリ市内での車による移動距離の平均は約4キロだった。これはほとんどの人にとって、自転車で移動するのに快適な距離である。また別の研究は、ロックダウン(都市封鎖)の間、排気ガスが少なかったおかげで、市中の大気環境が大幅に改善されたことを示している。
パリ市のアンヌ・イダルゴ市長は、2014年に市長に当選する前から、車をやめて自転車に乗るよう市民を説得することを自身の政策の一つの柱としていた。車のロビー団体は、コロナ禍が鎮まれば車が街を奪い返せるだろうと期待を寄せるが、イダルゴ市長は、コロナ以前の交通渋滞と排ガス汚染に逆戻りするなんてとんでもないと述べている。
ダブリン市では、「臨時モビリティ計画」の一環として、歩行者や自転車が物理的な距離を保てるよう、専用レーンを作った。この計画はこのまま続けられる可能性がある。市当局は、アイルランド最古の大学であるトリニティ・カレッジに隣接するカレッジ・グリーン通りやその他の市中心部を、大きな変化を起こしそうな事業の候補地としている。
計画の狙いは、店舗やオフィスが営業を再開する際に、車の通行を一時的に制限し、歩行者や自転車が市中を移動できる空間を増やすことだ。計画は12~18ヵ月の間、継続する予定だという。
イタリアのミラノ市は、欧州で最も大気汚染のひどい都市の一つである。市当局によれば、車が使用していた空間を自転車や歩行者に配分し直す計画の一環として、今夏、市内の道路約35キロが変えられる予定だ。交通渋滞が常態化しているミラノ市では、ロックダウンの間は混雑が30~70%軽減し、それに伴って大気汚染も緩和されていた。
ローマ市議会は、計約150キロの自転車レーン(臨時および常設)の建設を承認した。持続可能性を高めるとともに、市民が物理的距離に関する規則を守れるようにするためだ。さらにイタリアの経済対策の一環として、人口5万人以上の都市では、新しい自転車の購入費用として500ユーロ(約6万円)まで請求できる。このお金はキックボードや電動自転車、セグウェイの購入に使うこともできる。
2019年、ツール・ド・フランスでコロンビア人のエガン・ベルナルが優勝したことにより、コロンビアの首都ボゴタ市ではサイクリングブームが巻き起こった。毎週日曜日には、高速道路が何百キロにもわたって自動車通行止めになり、排気ガスも、けたたましいクラクションの音もない道路に自転車が繰り出す。
市民のこの強い関心のおかげで、ボゴタ市長のクラウディア・ロペス氏は自転車レーンの増設がしやすくなった(市長自身も熱心な自転車派である)。コロンビアでは、新型コロナの世界的流行に対する国の取り組みとして、公共交通機関の利用を定員の35%にまで下げることが求められている。増設は、その計画の一環として実施されるものだ。同市は、すでにある約480キロの自転車レーンに加えて、新たに約80キロを設置すると発表している。
ボゴタ市の交通局長であるニコラス・エストゥピニャンは、ボゴタ市南部に住む労働者層は7000人が自転車レーンを使っていると発表し、こうツイートした。「毎日、多くのボゴタ市民が自転車に乗り始めている。そして乗り続けている!」
北はブリュッセルから南はシドニーに至るまで同じような動きが起きている。米国の多くの都市の交通担当者も「自転車に乗る人が爆発的に増えている」と報告している。カリフォルニア州の「スロー・ストリート(歩行者優先道路)」プログラムや、ニューヨーク市での段階的な通行止めなどがその例で、一部の都市では変更を恒久化する計画だという。
ベルリンでは、新しい自転車レーンを設けるのに10年かかることもあるが、コロナ危機に際しては3~10日間という短期間のうちに、標識により車道から分離される形の約22キロに及ぶ自転車レーンがにわかに登場した。そのほとんどは今後も残されるだろうと市職員は言う。自分の車を持たないベルリン市民が増えており(最新のデータでは43%)、自転車によって公共交通機関にかかる負荷を減らすことができるというのが、市の主張だ。
ドイツ自動車連盟(ADAC)は、全国の都市で進む取り組みを「自治体が緊急事態につけ込むものだ」として強く批判している。
ADACのフォルカー・クラーネ氏は、「車の交通量が一時的に減少し、偶然にも自転車の利用も増加していることを、交通空間の恒久的な再配分に利用してはならない」とドイツメディアに伝えた。彼は、自転車レーンは自転車に乗る人の安全確保にはほとんど役に立たないとも述べた。
自転車を推進する具体的な施策が導入されていない都市でさえ、その一部では自転車派の存在感が増している。ヨルダンの首都アンマンでは、車の通行が約6週間禁止されていた。自転車派は当時を振り返り、日頃は乱暴な運転の文化が席巻する道路から車が消え、その道を我が物にできたのは楽しかったと語っている。
取材班:ヘレナ・スミス(アテネ)、シャウン・ウォーカー(ブダペスト)、キム・ウィルシャー(パリ)、ロリー・キャロル(ダブリン)、アンジェラ・ジュフリダ(ローマ)、ジョー・パーキン・ダニエルス(ボゴタ)、マイケル・サフィ(アンマン)
この記事は、The Guardianより取材班とケート・コノリーが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。