もしあなたが、名前を聞いたことがないような珍しい病気だと診断されたら……。
患者数が少なく治療法の研究が進まない希少・難治性疾患。患者は、治療だけでなく日常生活でも様々な困難を抱えているが、その実情はあまり知られていない。NPO法人ASridは、様々なステークホルダー(利害関係者)をつなぎながら、この分野の課題解決に向け活動している団体だ。希少・難治性疾患を取り巻く課題について、理事長の西村 由希子さんに話を聞いた。

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薬も、治療法もない――
患者が直面する困難は日常生活にも

希少・難治性疾患とは何だろうか。Rare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日)のウェブサイトによると、「患者数が少ないことや、病気のメカニズムが複雑なことなどから、治療・創薬の研究が進まない疾患」を指すという。その数は、医療費助成の対象となる指定難病が2020年6月時点で333疾患、小児慢性特定疾病が762疾患だが、指定されていない希少・難治性疾患も多く存在している。

“希少・難治性疾患の最大の課題は、治療法もなく、原因もわからず、薬もないことです。”

このように話すのは、NPO法人ASrid理事長の西村 由希子さんだ。

“希少・難治性疾患は、「治すのが難しい」という点でがんと比較されることがありますが、この2つには明確な違いがあります。がんは患者さん全体としては数が多く、治療の選択肢がある程度確立されているので、入院や通院で手術や化学療法などを受けることが多いですよね。一方で、希少・難治性疾患の患者さんは、検査入院や対症療法を除き、病院にいる理由がないのです。治療法も薬もないのですから。ずっと入院していることの方がむしろ珍しく、社会の中で、私たちの身近なところで生活している。このことは、講演などでお話しすると驚かれる方が多いと感じています。”

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FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症プレスセミナーにて

病院を出て日常生活を送るには、介護サービスが必要なこともあるが、希少・難治性疾患の患者は、ここでも困難に直面する。主要な社会福祉制度としては、障害者手帳制度がある。しかし、旧身体障害者福祉法のもとでは、身体機能に一定以上の障害が存在していることや、障害が固定または永続していることなどが条件とされ、症状が日々変化する希少・難治性疾患患者の手帳取得は難しかった。希少・難治性疾患は良くなったり、悪くなったりを繰り返すことが多い。安定していた人でも別の症状が現れるなど、何をもって判定を受けるかが難しいのだという。

“最近では、法律が改正され、障害者手帳を持つ希少・難治性疾患の患者さんもいらっしゃいますし、手帳の有無がすべてではないのですが、それでも、生活に必要な介護サービス等について、費用面も含め、受けやすさに差が出てきます。また、手帳がないと障害者枠での就職は難しく、収入確保の手段を得にくいといった側面もあります。”

周囲の理解不足も、社会生活を送る上での壁となる。例えば、だるさや疲れは多くの希少・難治性疾患にある症状だが、目に見えないために「なまけもの扱い」されてしまったり、「心の問題ではないか」と言われてしまったりすることがある。

“どこから取り組めばよいかわからないくらい、「ないこと」だらけなのです。ASridのサイトに掲げている「希少・難治性疾患分野の『10のない』」は、「ないこと」をASridのコアメンバーで考えたものですが、あっという間に挙がってしまって。「これ以上はやめておこう」としたほどでした。ただ、こうやって挙げることで、「この部分なら自分にできそう」といろいろな方に感じてもらえる部分が、どこかにあるのではないかなと思います。”

希少・難治性疾患に関わるのは、当事者である患者と家族、医療関係者だけではない。日常生活を送る上での課題を解決していくために、行政、福祉、あるいは生活に密着した製品・サービスを提供する企業など、幅広いステークホルダー(利害関係者)の関わりが求められているのだ。

少ないリソースを最大限に活用するには
ステークホルダーをつなぐ「中間組織」が必要

希少・難治性疾患領域に様々なステークホルダーが関わるなか、ASridはどのような役割を果たしているのだろうか。西村さんは「私たちはステークホルダーではなく、あくまで中間組織」と言う。

“どのステークホルダーとも「薄皮一枚、完全に離れています」という表現をしています。もちろん、ステークホルダーの中でも患者サイドは大きなウエイトを占めていて、優先度としては高いです。それでも、必ずしも患者のことから取り組まなくてもよいと考えています。例えば、患者への発信より、行政と企業をつなぐ方が先だと思われる課題があったら、私たちはそこからスタートします。その後、ある程度成熟したら患者に声をかけるという順番を取ることもできます。ASridが緩衝材のような立ち位置となり、うまくバトンを渡していく。「ない」「少ない」リソースを活用する上では、つなぐ立場が必要だと思うのです”

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RDD東大先端研にて

ASridは、どこかの属性と近いわけではない。それぞれと同じだけの距離を保っているからこそ、課題解決のために最適な選択をできるのだ。

“製薬企業や病院、行政など、それぞれのステークホルダーにいらっしゃる方々は、各自の業界ルールをご存知で、非常に高い専門性をお持ちです。ですが、業界外に出て渡り歩いている人はなかなかいません。どちらも知っていて中立に話せる私たちが、バトンをつなぐ役割を果たせたらと考えています。”

疾患ごとの患者数が少ない希少・難治性疾患では、治療法や薬の開発、または生活の質向上のための情報がなかなか集約されにくい点も課題だという。そのため、特定の疾患ごとに、患者、企業、医師などが情報を持ち寄るプラットフォームを作る構想を持っているそうだ。

Rare Disease Dayで
希少・難治性疾患への理解を広める

西村さんによれば「ASridは日本型で、海外にはあまりない」立ち位置の団体だが、希少・難治性疾患をめぐる状況は、海外、特に欧米と日本ではどのように違うのだろうか。

“一番大きな違いは、資金面です。患者会の集まりである「患者協議会」という組織が各国にありますが、その予算を見ると、米国の場合は年間35億円。立派な会社と同じようなレベルですよね。当然、常勤のスタッフがいますし、研究者、コンサルタント、ロビイスト、医療従事者など様々な方がキャリアの一つとして選択し、活躍しています。日本にも患者協議会はあるものの、「患者会はボランティアでやるもの」という認識が、まだまだ根強く残っていると感じます。”

希少・難治性疾患分野で資金をはじめとするリソースを増やしていくうえでは、理解の拡大も大切な活動だ。その一環といえるのが、毎年2月最終日に行われているRare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日)だ。2008年にスウェーデンから始まった活動で、今では世界100か国以上で1,000以上のイベントが開催される、希少・難治性疾患領域では世界最大級の社会啓発イベントだ。日本では、ASridが事務局を担い、2010年から実施している。

“Rare Disease Dayにはいわゆる患者会イベントとは決定的に違う点があります。それは、希少・難治性疾患であればどの疾患がテーマでもよく、また、患者やご家族、支援者、一般の方など、どなたが企画しても、参加してもよいということです。この日に「かこつけて」、誰でも自分にできることを発信しようという日なのです。”

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RDD Tokyo 生の声セッションにて

2020年のRare Disease Dayは、北海道から沖縄・石垣島まで53地域での開催が決まっていたという。主催者は、患者会や病院・大学もあれば、企業や塾、高校生などで、講演会やコンサート、子ども向けのイベントなど、多種多様な企画が予定されていた。残念ながら、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、中止や縮小が相次いだが、オンライン開催も含めて、一部が実施された。

“本当にいろいろな方々が、それぞれの立ち位置からアクションを起こしてくださっています。希少・難治性疾患について話せる場は、日常では多くはないでしょうし、ましてや当事者に質問をぶつけることのできる機会はめったにないでしょう。皆さんが希少・難治性疾患をおおいに知り、伝え合う日が年に1回あれば、と思って活動をしています。ただ、受け止め方は、ご参加の皆さんそれぞれの方の温度でよいと思っています。「知ったからには何かしなくてはいけない」ということでもないですし、この領域のことをちょっと頭に入れておいていただくだけでも、何かの時にご縁があるかもしれませんので。”

ステークホルダーとともに
課題解決に向けた次のステップへ

最後に、希少・難治性疾患領域のこれからについて聞いた。

“これからは、患者の声を聴かないと創薬開発が難しくなっていくと言われています。同じ疾患の中でも複数のタイプがあると次第にわかってきて、疾患の分類が細かくなるほどに、一つずつの患者数が少なくなっていくのです。そのなかで、今まで以上に重要になっていくのが、患者の声を聴いて症状をきちんと理解し、治したいことの優先順位付けをして、臨床研究や試験で反映、そして承認を得て市場に出す、という流れです。では、どういった形で患者の声を企業が取り入れていくか。これは、日本の創薬が大きく変わっていくようなチャレンジで、私たちも中間機関として議論に加わっていきたいと思っています。”

患者の声がますます重要になる今後、患者側にも、情報を出す重要性を伝えていきたいそうだ。

“患者さんにも、あなたたちの声が必要なのだと伝えていきたいです。「私の話なんて役に立たないですよね」、「病気のことは主治医に聞いて」という声もあるのですが、患者さん本人の声の価値を、ご本人に信じていただきたいのです。時に、企業に個人情報を知られたくないという方もいらっしゃいます。そうした際にASridにできるのは、製薬企業の代わりに声を受け取ることです。個人情報が漏れないようにデータを定量的に解析し、それを企業に提供する。そういった「中間機関」ならではの役割を果たしていきたいと考えています。”

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RDD Tokyo 生の声セッションにて

西村さんは、「ASridの活動についてというより、希少・難治性疾患について知ってもらいたい」、「この領域を一緒に育ててくださったらうれしい」と、ステークホルダーの真ん中に立つ中間組織として、課題解決に取り組む姿勢を語ってくださった。

前述のとおり、希少・難治性疾患のステークホルダーは、患者や製薬企業だけでなく、行政、福祉、生活に密着した製品・サービスを提供する企業など多種多様で、ASridには、それぞれの立場の視点から「これは希少・難治性疾患の役に立つだろうか」というアイデアが持ち込まれているという。西村さんの言葉を借りれば、「社会で生きるのに必要なすべて」が希少・難治性疾患の関わる領域である。そのため、幅広いリソースが求められている。

後半では、希少・難治性疾患のひとつである「FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症」のセミナーから、西村さんも登壇したパネルディスカッションの様子をお伝えする。特定の疾患をテーマに、患者の困りごとを見ていくと、より具体的な課題が見えてきた。