4月26日から5月1日にかけてオンラインで開催された機械学習に関する国際会議2020(International Conference on Learning Representations、ICLR)。その中で、農業における課題に対し人工知能(AI)や機械学習が持つ可能性や、すでに活用されている事例についてパネリストが議論を交わすワークショップが開かれた。

世界の国々で食料不足が起きているのは、専門家も指摘するところだ。栄養価の高い食べ物を手ごろな価格で安定的に得ることができない、いわゆる深刻な「食料不安」に陥っている人々は、世界人口の9%(6億9700万人)に上るとみられる。

人手不足、害虫や病害の拡大、気候変動といった要因により、食料危機はさらに進む恐れがある。だがここで、AIが助けになる。IBMの科学者らが語ったのは、農業に「デジタルツイン(デジタルの双子)」を活用したアフリカでの事例だ。デジタルツインとは、デジタル空間に再現された農作物のモデルのことで、それを活用して特定の作物の収量を予測した。カナダのアケーディア大学の研究員らが取り上げたテーマは、ブドウの収量を人間よりも正確に予測できるというアルゴリズムだった。米カリフォルニア大学デービス校の研究チームは、衛星画像を用いて家畜のエサとなる草木の状態を予測するというケニアでの取り組みについて発表した。

農場のデジタルツインで農作業日を提案する

IBMでソフトウェア品質保証リードを務めるアクラム・モハメドは、同社が昨年ナイジェリアで行った農場の「クローン」をデジタル空間に作る取り組みについて話した。この取り組みでは、マルチスペクトル画像(複数の波長体の電磁波を記録した画像)のほか、センサー値や天候、土壌の状態などのメタデータの履歴を集め、IBMのクラウドプラットフォーム上に農場のシミュレーションモデルを構築した。IBMは以前、農機リースやデータ分析により小規模農家の収量増加を支えるサブスクリプションサービスのHello Tractorとパートナーシップを結んでいた。クローン農場の取り組みの一部は、そこから発展したものだ。

デジタルツインの恩恵を受けるのは農家だけではない、とモハメドは断言する。卸業者や政府、銀行もデジタルツインを活用し、市場ダイナミクスの追跡、政策の立案や制定、投資リスクの最小化に取り組める。またモハメドは、世界人口は5年以内に80億人を超えると予測されている一方で、農業に使える土地は今世紀末までに20%減ってしまう、と指摘した。

「サプライチェーンをもっとシンプルで、安全で、無駄の少ないものにできるかどうか。食料安全保障の課題の解決は、これにかかっています」とモハメドは言う。

モハメドのチームは、地図やドローン画像といった地理空間・時間的データをペタバイト単位で提供・管理するIBMのPAIRS Geoscopeというサービスを活用した(1ペタバイトは1,000テラバイト)。これにより、各農場の衛星データや気象データ、地上に設置したセンサーのデータを集めた。さらに、IBMの子会社であるThe Weather CompanyのアルゴリズムとIoT(モノのインターネット)データ収集ツールを組み合わせたWatson Decision Platform for AgricultureというIBMのサービスも利用。これを使って、さまざまな深さで測定された土壌水分量、土壌の養分量や肥沃度、農法や作業フローに関する情報、高解像度の衛星画像といったデータを入力し、収量予測の結果を得た。

課題の一つは、農場の規模が小さく、あまりデータが集まらないことだった。衛星画像ではピクセルレベルの情報しか得られない。モニタリング用のデバイスを買う余裕がない農家もいる。そこでモハメドのチームは、対象地域の農家を4万以上のグループに分けてモデル化することにした。こうして学習を重ねたレコメンダーシステムは、2つの重要な問いに答えられるようになった。1つ目の問いは、各農作業をいつ行うべきか。2つ目は、小規模農家が最大の収量を得るには、いつ農地を耕すのがよいか、ということだ。

このシステムは、複数のモデルを組み合わせたアンサンブル学習モデルをもとに作られた。最近の気象データの履歴(湿度、視程、気温、降水量、風速)や気象予測、4段階の深さにおける土壌水分量、マルチスペクトル衛星画像、地上で観測された実際の気象に関する情報(場所や日にち)など、デジタルツインをもとに得られた過去の状態とメタデータの将来予測をもとに、農作業日を提案する。実験では、作物の種類や土壌の状態などのメタデータが欠けていたため、モデルの予測は完璧とまではいかなかった。だが研究者らの主張によれば、このソリューションは、経験則に頼った手法よりもはるかに優れた結果を出したという。

コンピュータビジョンでブドウの収量を予測する

アケーディア大学データアナリティクス研究所(Institute for Data Analytics)の所属研究員であるダニエル・L・シルバーとジャブン・ナサは、独自に開発したコンピュータービジョンシステムを用いた取り組みについて発表した。これは、ブドウの木の画像をもとに収量をはかるシステムだ。ブドウ収量の正確な予測は、収穫スケジュールを考えるためにも、ワイン生産にかかわる判断をくだすためにもとても重要だ。しかしシルバーとナサの指摘によれば、収量の予測は従来、コストのかかる作業だった。おまけに、正確さにも欠ける(75~90%の精度)。

収量を予測する機械学習モデルの訓練用データセットを作るため、2人はボランティアを集めた。そして彼らに、木になった状態のブドウの写真を撮り、デジタルスケールでブドウの重さをはかるよう頼んだ。データが集まると、シルバーとナサは重さの情報をデジタル化し、画像のトリミング、正規化、サイズ調整を行った。その後、2つのデータセットを統合し、畳み込みニューラルネットワーク(画像解析に適したAIモデルの一種)に投入した。

彼らの報告によれば、もっとも精度の高いモデルだと、収穫の6日前に平均85.15%、収穫の16日前には82%の精度で収量を予測できたという。今後、自動の画像トリミングツールと長期間の気象予報データを取り入れ、このモデルの精度を高めていく計画だ。

衛星画像から牧草の状態を予測する

カリフォルニア大学デービス校とAIコンサルティング会社Weights & Biasesの研究者らは、家畜のエサとなる草木の状態を予測するケニアでの取り組みについて語った。ケニア北部の牧畜民は、食料や収入源として家畜をあてにしているが、なかなか干ばつを予測できずにいた。そうした悩みから生まれたのが今回の取り組みだ。

理想とされるのは、公開されているデータを分析することで、家畜の損失や飢えを防げる予測モデルだ。干ばつが起こるとそれがプラットフォームに伝わり、牧畜民に対してすばやく補償が行われる。それにより牧畜民は、家計の出費をまかない、家畜に必要なものを準備することができる。

この考えをもとに、研究が進められた。データの日付や草木の質(深刻な干ばつ発生時を0とし、0~3で評価)、草木や家畜の種類、水場までの距離などのデータポイントを含む地上画像に手作業でタグ付けし、訓練用のコーパスを作った。これを、地上画像と同じ場所・時間にとられた10万枚を超える衛星画像と関連づけた。そうして、この衛星画像だけをもとにして草木の質を予測しようと試みた。

研究チームは、Weights & Biasesのベンチマーク(性能評価)ウェブサイトにこのデータセットを公開した。そこで協力者を募り、公開データセットで学習させたモデルを、共有のスコア表に投稿してもらっている。本記事の執筆時点で、もっとも正確に干ばつを予測できるアルゴリズムの精度は77.8%、その次が77.5%となっている。

研究チームは今後、トウモロコシやキャッサバ、コメなどの主要作物についても、位置情報が付いた地上データや飼料データの収集などを行い、ほかの地域にも取り組みを展開したいと考えている。

 

この記事は、VentureBeatよりカイル・ウィガーズが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。