在宅で働き始めてから5年目に差し掛かった2017年、アシュリー・ウーに2人目の子どもが生まれた。そして間もなく、生まれたばかりの赤ちゃんと3歳児の相手をしながら家で仕事をするのは、簡単なことではないと悟った。そこでウーは、保育サービスを利用しつつ、柔軟なスケジュールを生かして、おむつ交換に中断されずに仕事に集中できる場所を、自宅のあるニューヨーク市アッパー・イースト・サイドの近所で探すことにした。
ところがそれは、思っていた以上に大変だった。見つかったのは、数軒のカフェだけ。さらに、そのカフェの席が空いている保証はない。ウーは、この地区には同じように困っている母親が他にもいるに違いないと感じた。
「小さな子どもがいて、私と似たような境遇にある女性はたくさんいるはずだと確信していました。フルタイムやパートタイムでリモートワークをしている人や、仕事に復帰しようとしている人、次のキャリアを見つけようとしている人などが、仕事や勉強ができる場所がなくて困っていると思ったんです」とウーは語る。(なお、彼女自身は2011年に「Exposed Zippers」というファッションブログを立ち上げ、ブロガーとして活動してきた)
- 関連記事: 在宅勤務を成功させるには
2019年2月、ウーはアッパー・イースト・サイドに「Maison」をオープンした。Maisonは、彼女の言葉を借りれば、「アットホームで居心地のよい」共用学習スペース兼コワーキングスペースだ。共用のテーブルやソファ、ハンモックに加え、体に優しい食事や飲み物を無料で提供するキッチンスペースがある。「自宅のようにくつろげる、居心地のいい場所を作りたいと考えていました」とウー。「ここに集まる人たちはみんな、ごきげんに過ごせる。そんな場所です」
Maisonは仕事をする場所として利用するメンバーが多いものの、ウー自身は厳密にはコワーキングスペースを作ろうとしていたわけではない。現在職に就いている人もそうでない人も、誰でも歓迎している。「誰でも」には、次のキャリアステップを検討中の人や、ただリラックスしたい人も含まれる。特に、自分の時間を必要としている母親は大歓迎だ。
「米国では、燃え尽き症候群になる人が増えています。特に母親は、社会的なプレッシャーを感じ、ついつい頑張ってしまうので、燃え尽き症候群になりやすいと思います」とウーは説明する。「Maisonを通じて、ここで仕事をする人たちを応援したいという気持ちはもちろんあります。ただ、それだけではなくて、自分の幸せよりもほかのことを優先してきた、しばらく自分に目を向けてこなかった人々が、自分自身と向き合う応援もしたいと考えています」。ここでは、コーヒーを飲みながら友人と語り合うもよし、読書をするもよし。専門家による講演会や映画サークルも企画されている。
米国では、Maisonのように、あらゆるタイプの子育て世代への支援を主眼としたコワーキングスペースが全国的に広まっている。テレワークで働く人が増えていることを考えると、コワーキングスペースが必要とされているのは理にかなっている。「2017年における米国就労者の在宅勤務状況に関する報告書」によると、「勤務時間の半分以上が在宅勤務」という就労者は3%近くに上った。2005年と比べると115%の増加だ。今、米国にはコワーキングスペースが4000カ所以上ある。そんな中で、Maisonのような子育て世代に優しい施設は、従来のコワーキングスペースにはないサービスを導入することで、まったく新しい付加価値を提供している。会費は、数百ドルからとなっている。目指すのは、特別なプログラムや家族向けの特典を提供することで、女性にパワーを与えることだ。
エイミー・ネルソンもウーと似たような目的意識を持ち、2017年5月、シアトルのキャピトルヒル周辺に「The Riveter」を設立した。ネルソンはもともと弁護士をしていたが、次女が生まれたタイミングでその道を離れ、会社を立ち上げた。「コワーキングスペースに行ってみましたが、男性をターゲットにしたところばかりで、私が求めていたような設備や交流の機会はありませんでした」とネルソン。彼女は最近、4人目の子どもを生んだばかりだ。「女性を中心に考えると同時に、誰でも思いやりを持って受け入れるようなスペースを作りたいと考えました」
ネルソンは、その後すぐにシアトルに続きカリフォルニア州ロサンゼルス、ミネソタ州ミネアポリスなどの都市にもThe Riveterを開設。さらに2019年後半にはコロラド州デンバーやオレゴン州ポートランドにもオープンした。The Riveterには、仕事用スペースのほかにも、瞑想ルームや野外デッキ、フリースペースがあり、教育や文化、健康をテーマとしたさまざまなプログラムが用意されている。また各店舗には、母親が授乳や搾乳をするための「快適な個室空間」もある。膝の上に座らせられるなら、会員は6カ月以下の乳児の同伴もOKだ。
- 関連記事: 働くママがハッピーでいるために
さらに一歩進んだコワーキングスペースもある。その一つが、2016年にニューヨーク市に開設された「The Wing」だ。「The Wing」では、複数の店舗で保育サービスを提供している。一般的に、在宅で働く母親は、1日あたりに育児にかける時間がオフィス勤務の母親よりも3時間多いことが研究で明らかになっている。したがって、ちょっとの間でも子どもの面倒をみてもらえれば、もっと多くの仕事をこなせるようになるはずだ。The Wingに設けられた「The Little Wing」と呼ばれる保育スペースでは、託児サービスに加えて、幼児教育プログラム、親子教室、ワークショップ、新米パパ・ママのための支援サークル活動も実施している。The Wingは、マサチューセッツ州ボストンに近年オープンしたばかりの店舗を含め、米国全土に8店舗を展開しているが、どの店舗にも少なくとも1つは「ママの部屋」を置いている。ここには、搾乳機や母乳を保存する袋、ミルク保管用の冷蔵庫、乳頭保護クリーム、おしりふき、おむつ交換台、ベビーローションが必ず置かれている。
カリフォルニア州ロサンゼルスの「The Jane Club」も、保育施設を併設しているのが自慢だ。「The Nest」と名付けられた、3歳以下の子どもが対象のこの保育施設は、「アットホームで想像力をくすぐる遊びのスぺース」をテーマにしている。The Jane Clubは、米国の人気ドラマ『グレイス&フランキー』に出演するジューン・ダイアン・ラファエルと、プロデューサーのジェス・ザイノが2018年に設立した。母親たちが仕事をひと休みして共有エリアでリフレッシュできるように、ヘアセットやマニキュア、ペディキュアのサービス、ワークアウト(運動)のクラスなども提供している。
このほか、2019年5月にニューヨーク市にオープンした「The Wonder」のように、家族向けのレクリエーションや交流に特化した施設もある。The Wonderを創設したCEOのサラ・ロビンソンは、「幼児にごはんを食べさせるための場所から、アート教室、家族向けのボードゲームナイトまで、あらゆるニーズに特化した空間の提供をコンセプトにデザインしました」と語る。テーマに沿ってデザインされた遊び場(取材時のテーマは月面着陸50周年記念)や、図書館、保育所、存在感のあるヘビのようなソファが2つ置かれたファミリーラウンジなどが人気のエリアだという。ちなみに、家族の仲を深めるという趣旨もあることから、ラウンジや遊びスぺースでは携帯電話の使用が禁止されている。
ロビンソンはThe Wonderの創設前、当時まだよちよち歩きの赤ちゃんだった息子のヘンリーと一緒に出かけた際、親子で夢中になって楽しめる公共スペースが足りない、と感じていた。それをきっかけに、共同創設者のノリア・モラレスとともにアイデアを膨らませていった。それまでは、子どものための場所か大人のための場所、どちらか一方しか選べなかった。ロビンソンとモラレスは、The Wonderを通して、もっと気軽に、そして親子ともに楽しく家族の時間を過ごせるようにしたいと考えている。
- 関連記事: 育児と仕事の両立のリアル
「ライトセーバー対戦の大会を開いたこともあります。あるメンバーは、このイベントに向けて子どもにスターウォーズのコスプレをさせるために、夫が仕事を早退してくれたというメールをくれました。久しぶりに家族でとても楽しい時間を過ごせたとも言ってもらえました」とモラレス。「こうした経験があるからこそ、もっと頑張ろうと思えるのです。これからも、私たちの取り組みを通じ、現代の子育て世代が失いつつある『大切なもの』を取り戻す手伝いをしていきたいです」
この記事は、Parentsのアンナ・ハルキディスが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comまでお願いいたします。